日経サイエンス  2003年6月号

いま注目の研究者が語る「私の修行時代」

一生懸命になれるものを見つけろ

有力遺伝子ベンチャーを立ち上げた

森下竜一(大阪大学教授)

 会社員か公務員になるつもりで,医学部に進んだのは「手に職」もよいかなという程度でした。だからというわけではありませんが,専門科目のない2年生までは勉強が面白くなく遊んでいました。専門科目は面白かったけれど講義に出たのは数えるほどです。遊ぶにしても一生懸命にやればよいと思っているので,学生には何かに一生懸命になれと言っています。一生懸命やったことのある人はそのパワーが仕事に向かったときにすごく伸びるからです。

 

 今から振り返って一番鍛えられたと思うのはスタンフォード大学への留学です。非常に厳しく,研究が進んでいないといじめ倒されるような世界です。このときに教授から「考える実験をしろ。成果を出さなければ意味がない」と言われました。私は何でも自分でやるタイプでしたが,自分で学ばなければ力は身につきません。

 

 また,1教室につき1ベンチャーが当たり前という雰囲気でした。研究成果の社会還元が大切で,そのためには起業というわけです。ですから私にとって起業は自然なことです。患者を治せないような研究は医学部では基本的に意味がないのです。
 米国で経験は大きなカルチャーショックでした。若い人はできるだけ海外に目を向けて欲しい。

著者

森下竜一(もりした・りゅういち)

大阪大学大学院医学系研究科臨床遺伝子治療学教授兼アンジェスMG取締役。1962年岡山県生まれ。1987年阪大医学部卒業。米スタンフォード大循環器科客員講師,阪大助教授などを経て2003年から現職。肝臓の細胞から見つかった肝細胞増殖因子(HGF)に血管新生作用があることを発見,99年にHGF遺伝子を治療薬として実用化するベンチャー,アンジェスMGを自ら立ち上げた。閉塞性動脈硬化症で下肢切断を余儀なくされたり,虚血性心疾患で心臓の血流が不足して発作を起こすなどの深刻な病気が,HGF遺伝子を体内に注入して新しい血管をつくることで治療できるようになると期待されている。