日経サイエンス  2003年5月号

特集:自殺は防げる

脳の中で何が起きているか

C.エゼル(Scientific American 編集部)

 米国では昨年,エイズによる死亡者の1.5倍にあたる3万人が自殺で命を落としている。自殺に至る脳と心の変化を科学的に解明し,自殺防止に役立てることはどこまで可能だろうか。

 

 米国の自殺者の6割から9割が何らかの精神疾患を患っていたと推定され,とくに抑うつや躁うつ病との関連がクローズアップされている。脳内の神経伝達物質セロトニンが減少すると抑うつや衝動性が生じることがさまざまなデータから知られているが,自殺した人の脳でも同様にセロトニンが減っているという報告がある。

 

 ニューヨーク精神医学研究所のアランゴ(Victoria Arango)らは,自殺した人の家族から提供を受けた200体もの脳標本を分析した結果,十分なセロトニンがなかったことを確認した。通常,脳の背側縫線核という場所で作られたセロトニンは前頭前野に運ばれる。前頭前野には行動の判断をする役割があり,衝動性を抑えて心の平静を保つ働きをするが,セロトニンがないとこの機能が発揮されない。自殺の多くが衝動であることからも,自殺におけるセロトニン仮説は有力と考えられる。

 

 しかし,セロトニンの低下を防ぐプロザックのような抗うつ薬によって必ず自殺が防止できるというわけではない。おそらく脳のネットワークはもっと複雑に絡み合っているのだろう。他の神経伝達物質とのかかわり,遺伝および環境要因など,さまざまな方向から研究を進展させる必要がある。(編集部)

原題名

Why? The Neuroscience of Suicide(SCIENTIFIC AMERICAN February 2003)

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