日経サイエンス  2003年3月号

シャンパンの科学

G. リジェベレール(ランス大学)

 キラキラ輝くシャンパンの泡は単に美しいだけでなく,重要な役割を果たしている。泡の誕生から上昇,破裂に至る複雑な物理過程を観察した結果,細かな気泡がシャンパンの香りを運び,風味をひきたてていることがわかった。

 

 シャンパンを抜くとビンの中に閉じ込められていた気体の平衡状態が崩れ,液中に溶けていた二酸化炭素が気化してくる。ただし,気泡ができるには,そのタネとなるような空洞があらかじめ必要だ。シャンパンの場合,グラス内壁に残った細かな繊維が小さなガス空洞を作り出し,ここに液中から二酸化炭素が入り込んで気泡になる。

 

 気泡が成長すると浮力が働いて繊維から離れ,上昇を始める。上昇過程では複雑な現象が生じる。シャンパンに溶けている香り成分の分子には界面活性を持つものが多く,これらが気泡の表面に集積する。香り成分は多数の気泡とともに上昇し,泡にくっついてどんどん濃縮されていく。

 

 気泡が液面に達すると,あっという間にはじける。液面には小さなくぼみが瞬間的にでき,このくぼみが崩壊して小さなジェットを噴き上げる。このジェットは高速なため,不安定になって細かな液滴に分解し,香り成分を空中に放散する。この現象がシャンパンの香りをひきたてている。

 

 

再録:別冊日経サイエンス205「食の探究」

著者

Gerard Liger-Belair

フランスのランス大学の准教授。炭酸飲料の泡を物理化学的に研究している。モエ・シャンドン社の研究開発部門の顧問も務める。薄膜と界面の科学のほか,高速度撮影の技術開発にも携わり,数多くの写真展に作品を展示。記事執筆にあたって,有益な議論を行ったジャンデ(Philippe Jeandet)とビニュザドレ(Michele Vignes-Adler)に感謝している。また,欧州農業研究所,コルソン(Jean-Claude Colson)と彼が所属するシャンパン醸造学研究協会に対して資金援助に関する謝意を,モエ・シャンドン社ほかの協力にも謝意を表明している。

原題名

The Science of Bubbly(SCIENTIFIC AMERICAN January 2003)

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