日経サイエンス  2003年2月号

ガン免疫療法の切り札 樹状細胞

J.バンシュロー(ベイラー免疫学研究所)

 樹状細胞は私たちの身体のあちこちに潜んでいて,触手のような長い腕を広げて周囲と情報をやり取りしている。満員電車の車内でインフルエンザウイルスを吸い込んでも,鼻や肺の樹状細胞が感染を防いでくれる。サルモネラ菌が口から入った場合は,消化管の中の樹状細胞が免疫系に警報を出す。皮膚では,表皮の堅牢な砦を突破してきた微生物を待ち伏せする。

 

 樹状細胞は白血球の一種だが,免疫系の中でも,あまり解明が進んでいなかった。それにもかかわらず,研究者の興味をひきつけてやまない。ここ数年で,樹状細胞の役割が少しずつ解明されてきた。体内に何がいるのか,危険な異物はどれかといったことを樹状細胞が免疫系に教える仕組みがわかってきた。樹状細胞は免疫応答全体を動かし,器用に操っているようだ。

 

 樹状細胞はワクチンの基礎となる「免疫記憶」という現象に深くかかわっている。そこで,腫瘍のかけらを樹状細胞にくっつけ,これをワクチンとして“接種”することで,ガンに対して免疫系を活性化させようという研究が進んできた。また樹状細胞は,免疫系が自分自身の身体を攻撃しないことを学習する「免疫寛容」という現象にも関与している。

 

 一方,樹状細胞には邪悪な一面もある。樹状細胞に潜り込んだヒト免疫不全ウイルス(HIV)はリンパ節に運ばれ,そこでT細胞に感染して破壊する。これはエイズの発症につながる。また樹状細胞の働きが暴走すると,自己免疫疾患を引き起こすおそれがある。この場合は,樹状細胞を不活性化する手だてが新しい治療法となる。(本文より)

著者

Jacques Banchereau

1996年より米ダラスにあるベイラー免疫学研究所所長。同研究所では,ヒトの免疫系を操作して,ガン,感染症,自己免疫疾患を治療する方法の探索が行われている。以前はフランスのシェリング・プラウ社の免疫学研究所の所長を務めていた。パリ大学で生化学の博士号を取得。免疫学的手法に関する数多くの特許を保有し,ノースカロライナ州ダラムにあるメリックス・バイオサイエンス社の科学諮問委員会の委員でもある。

原題名

The Long Arm of the Immune System(SCIENTIFIC AMERICAN November 2002)

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