日経サイエンス  2003年1月号

重要な社会の備え

S.S. モース(コロンビア大学)

 2001年の秋,フロリダ在住のスティーブンス(Robert Stevens)という男性が炭疽(たんそ)にかかっているとわかったとき,医師たちは当初,非常に珍しい自然発症例だろうと思っていた。だが,彼の同僚も感染したことで全米が警戒態勢に入った。最終的に5人が犠牲になったが,意図的にばらまかれた炭疽菌による感染とすぐに気づいたことで,多くの人命が救われたのは確かだ。感染者や患者はすぐに診察と治療を受けられたし,当局は炭疽菌で汚染された手紙を処理した。
 

 

軍や警察ではなく公衆衛生当局の問題
 これまで連邦政府や州政府は,バイオテロは犯罪であり,警察が扱う問題だと考えてきた。だが実際に起きた炭疽菌事件や,天然痘ウイルスやペスト菌がばらまかれた場合のシミュレーション演習から,とっくにわかっているべき当然の事実が明らかとなった。バイオテロは何よりもまず,公衆衛生の問題なのだ。
 病原体を検出するハイテク機器のおかげでバイオテロ攻撃を察知できるようになるには,まだしばらく時間がかかるだろう。危険な感染症が自然に大流行したときと同じように,病院に市民が続々と来るようになって初めて気がつくことになる。天然痘のシミュレーション演習によると,多数の患者が出た最悪のケースでは,医療機関が対処しきれなくなることが明らかになった。感染したかもしれないと心配して,診察を望んでやって来る人たちに応じられないのは言うまでもない。
 伝染病の兆しをすぐに封じ込められるか,それとも大発生させてしまうかは,備えのあるなしで決まる。これはバイオテロでも自然発生でも同じだ。最も重要なのは,最初の患者を診る医師や看護師,病気の原因を突き止めるべき研究者,市民を守る責任のある公衆衛生機関の職員など,人々の健康を最前線で守る人たちだ。疾病対策は彼らの力にかかっている。
 この人たちが普通と違う危険な何かが起きていることに気づき,必要な人材や物資を動員して,伝染病の拡大を最小限に抑えられるかどうかが肝心なのだ。関連機関の役割と責任を明確にするため,適切な行動計画を準備しておく必要もある。(本文より)

著者

Stephen S. Morse

コロンビア大学メールマン公衆衛生学部にある公衆衛生対策センターのセンター長で,専門はウイルス学。コロンビア大学疫学部で教鞭をとっている。1988年に「エマージングウイルス」という新しい言葉を作って,突発出現感染症の恐ろしさを一般の人に伝える活動を率先して行ってきた。以前は米国防総省の高等研究計画局(DARPA)で,病原体対策プログラムの共同開発や最新式診断プログラムの開発に携わっていた。

原題名

The Vigilance Defense(SCIENTIFIC AMERICAN October 2002)

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