日経サイエンス  2002年12月号

特集:時間とは何か

根底に横たわるジレンマ

G.マッサー(SCIENTIFIC AMERICAN編集部)

 多くの人にとって時間に関する最大の謎は,時間が十分にあるとは決して思えないことだ。物理学者もこれとよく似た問題を抱えているといったら,せめてもの慰めになるだろうか。

 

 時間変数tを含む物理法則はいくつもあるが,この変数は私たちが現実に生きている時間について,重要な側面を何も語ってくれない。時間変数tに過去と未来の区別がないのはその最たる例だ。そして,より根本的な法則を定式化しようとすると,tは消え失せてしまう。多くの物理学者が困り果て,なじみの薄い情報筋に助けを求めてきた。哲学者だ。

 

 哲学者の助けだって?ほとんどの物理学者にとって,これはかなり奇異に響く。哲学と親しむなんて,黒ビールを飲みながら夜更けに語り合うようなもの。真面目な哲学書を読んだことがある者でさえ,哲学が役に立つとは思っていないのが普通だ。カントを数十ページも読めば,哲学とは解決のつかないことを追求する不可解な所為に思え始める。ペンシルベニア大学の物理学者テグマーク(MaxTegmark)は「正直なところ,私の仲間たちは哲学者と話をすることにびくついていると思う。まるでポルノ映画館から出てきたところを見とがめられるような感じだ」という。

 

 しかし,いつの時代もそうだったわけではない。20世紀初頭における量子力学や相対論の発展をはじめとして,哲学者は過去の科学革命において極めて重要な役割を演じた。そして現在,物理学者は量子力学と相対論を融合して量子重力理論をうち立てようと苦闘しており,新たな革命が進みつつあるといえる。

 

 量子重力理論では空間と時間という大きく異なる2つの概念を調和させる必要が出てくる。この分野の研究をリードするフランスのエクス・マルセイユ大学のロベッリ(CarloRovelli)は「量子重力理論の中で空間と時間を新たにどう位置づけるか,哲学者の貢献が極めて重要になる」と語る。

 

 物理学者と哲学者がどのように協力してきたのか,2つの例を見てみよう。1つは「時間凍結の問題」に関するもので,もう1つは「時間の矢(非対称性)」に関する例だ。(本文より)

原題名

A Hole at the Heart of Physics(SCIENTIFIC AMERICAN September 2002)

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