
海洋の植物プランクトンは地球の気候を調節するうえで大きな役割を演じている。光合成を通じて温暖化ガスの二酸化炭素(CO2)を大気や海洋表層から取り込んでおり,その量は炭素にして年間450億~500億トンにのぼる。木や草など陸生植物すべての吸収量にほぼ匹敵する量だ。この「海の森」の働きを強めれば,温暖化を食い止める手だてになるのだろうか?
植物プランクトンが吸収したCO2はプランクトンの死とともに深海へと移動し,数百年後に湧昇流によって再び海面へと戻されるまで深海に貯えられる。
海洋の表層部に鉄などの栄養素を投入すると,植物プランクトンが劇的に増え,光合成によるCO2の吸収は急増する。しかし,深海に貯えられるCO2量がこのような肥沃化によって増えるかどうかは,まだはっきりしていない。植物プランクトンの繁殖を人工的に促進すると,海洋が局所的に酸素欠乏状態に陥るおそれがあり,本来の海洋生態系に予測不可能な影響が生じると見られる。海洋肥沃化を性急に進めるのは危険だ。
著者
Paul G. Falkowski
ファルコウスキーはラトガーズ大学の海洋湾岸科学研究所および地質学科の教授。ニューヨーク市で生まれ育ち,1975年にブリティッシュコロンビア大学でPh.D.を取得。ロードアイランド大学の博士研究員を経て,新設の海洋科学部門の科学者としてブルックヘブン国立研究所に1976年に移った。1997年,植物プランクトンの生産性をリアルタイムで測定できる専用の蛍光分析計をラトガーズ大学のコルバー(ZbigniewKolber)とともに共同開発し,翌年に同大学に迎えられた。生物システムと物理システムの共進化が現在の研究テーマだ。
原題名
The Ocean's Invisible Forest(SCIENTIFIC AMERICAN August 2002)