日経サイエンス  2002年10月号

WAVE Anti Gravity

羽毛がつむぎ出す俳句新世界

Steve Mirsky

米国の詩人エミリー・ディキンソンは「希望とは羽根のあるもの」と表現した。一方,俳優のウディ・アレンは自著に『羽根むしられて』という題名をつけた。ディキンソンの楽天的な見方に対し,ウディの表現は苦しみに満ちている。

 

今年5月,まさにウディの苦悩に満ちた潜在意識から生み出されたかのような生き物がこの世に送り出された。羽根のないニワトリだ。イスラエルの遺伝学者が作り出したこのニワトリは,熱に強いとされている。まあこれは,生きている間の話だが。

 

かくして,羽根なしチキンが,骨なしチキンやゴム製チキンと並んでギャグネタの仲間入りというわけだ。

 

このコラムの主犯たる私は,丸裸のニワトリの話を聞いた途端,いかれた科学ページの埋め草にはぴったりだと思い,感謝の念に打たれた。しかし,銀皿に載せられて出てきたニワトリをダシにすることにはうしろめたさを感じた。あまり叩き甲斐があるとは思えない。

 

というわけで,すっぽんぽんのニワトリの存在をお伝えした上で,無責任ながらテーマを変更することにしよう。

 

SCIENTIFIC AMERICAN誌における気の重い仕事の1つは,あなたの理論や発見やライフワークを誌面に掲載するつもりはありません,とご当人に伝えることだ。そこで私は,頭からチキンを振り払うべく,ありきたりの断り状に代わって,もっと角の立たない手段として,日本の俳句形式を用いた実験に着手した。以下はその予備的成果だ。

 

 

ご労作 熟れた実の如 捨て置こう
あなたの研究は熟した果実のように木から落ちる。そこにそのままにしておこう。

御作への われらが敬意は 内々に
あなたの研究努力に対する私たちの最大級の敬意は,人に知られないままにしておかなければならない。

ファインマン ボンゴで論破 貴論文
ファインマンなら,ボンゴを叩きながらでもあなたの論文よりましな主張をした。

酸素生む 森を絶やすな 紙の無駄
光合成は森から酸素をつくる。あなたの論文で紙を無駄にしないように。

 

 

次は,寄稿志願者がよく取り上げるテーマに沿った特定ケース向け。

 

なめちゃ駄目 アインシュタイン 手強いぞ
アインシュタインの誤りを証明することはそれほど簡単じゃない。彼を軽く見すぎたね。

クローンの 分身に頼め 執筆は
ご自分のクローンを作られたとか。新しい双子の弟さんに原稿の作成をお頼みなさい。

第10惑星? 含めてならじ 冥王星
第10惑星だって? お知らせがあります。冥王星は惑星をクビになりました。

 

 

──常温核融合装置についての論文に

 

われわれの 想像絶する 大失敗
私たちは想像だにしなかった。あなたの常温核融合装置がこれほど失敗するとは。

火星から メッセージあり? 電波系?
火星からのメッセージ? アルミ箔帽子(マインドコントロール電磁波防止用)を点検してください。濡れていたはずです。

ご愁傷 貴配列には トウTAGを
あなたは新遺伝子など発見しなかった。A-U-G(遺伝子配列の開始コドン)が混乱の始まり。あなたの配列にトウTAGを付けろ(トウ・タグは死体のつま先に付ける身元識別用の札)。

 

永久機関 一時停止で 立ち往生
スペックは立派に見えるが,一時停止標識であなたのマシンは停止。熱力学の第二法則。

3色で 地図の塗り分け 無理っぽい
素敵な3色の地図ですが,隣り合う州がともに青。やっぱり4色必要ね。

重水素? FBIも ご注目
重水素だなんて,核爆弾でも作るおつもりで? FBIファイル入り,おめでとう。

組み換えて 結膜炎に なるネズミ!?
何たる時間の無駄。結膜炎(ピンクアイ)になる遺伝子組み換え白ネズミを作るとは。

貴論文 不確定性 目白押し
あなたの量子論文は不確定性だらけ。ここにもあそこにも居場所はない(neither here nor there,つまり問題外)。

電磁気学 マックスウェルで ベリーウェル
電磁気学を再発明するのはおよしなさい。マックスウェルで事足りています。

恐竜が 生きてたころに ヒトはいず
熱意は買いますが,恐竜とヒトが共存していた時代はありません。

温暖化 嘘だとしたら 雪どけは?
地球は温暖化していない? そのとおりかも。でもあんなにあった雪はどこに?

 

そして,最後に,

 

羽根なし鶏(とり) 羽毛はどこで 手に入れる?
羽根なしのニワトリ。羽毛をいったいどうやって手に入れようか? ちょっと考えてみよう。

 

著者

Steve Mirsky