日経サイエンス  2002年10月号

特集:どうなる東海大地震

日本の半分を襲う複合巨大地震

安藤雅孝(名古屋大学地震火山観測研究センター)

 1944年の東南海地震(M7.9)ではなぜか東海で起きず,浜名湖から東は地震を免れた。その「空白域」では,フィリピン海プレートに引きずり込まれる陸側プレートに歪み(応力)が解放されずに残っており,大地震が起きる。これが東海地震説だ。

 

 しかしこの東海地震説も,出されてからすでに25年以上が経つ。このまま発生しないとすれば東海地震説の前提そのものが崩れることになる。

 

 東海地震がなかなか発生しないのはなぜか。駿河湾では,フィリピン海プレートが沈み込む速度が予想されていた値よりも小さく,陸側のプレートに応力が蓄積しにくい可能性がある。

 

 これは(1)神津島や新島を含む銭洲(ぜにす)海嶺付近で,小さなプレートの沈み込みが起きている(2)「古(こ)銭洲海嶺」と呼ばれる海底山脈が陸側プレートの下に潜り込んでおり,これが沈障害物となっている(3)伊豆半島が本州に食い込み続けているため,伊豆周辺では陸側プレートに蓄積するはずの応力が地震の頻発によって少しずつ解放され続けている──ためでなないかと考えられる。

 

 過去の例では,東海・東南海・南海を震源域とする地震は同時発生するか,少し時間を開けて連続して起きる(連動する)ケースが多い。もうしばらく東海地震が発生しないとすれば,東南海地震や南海地震も巻き込んだ巨大地震が起きる可能性が高まる。

 

 駿河・南海トラフでは,100年くらいの周期で巨大地震が繰り返し発生していたようだ。しかし終戦前後に起きた前回の東南海・南海地震の規模が“小粒”だったため,次の地震はこれまでの周期よりも早くやって来る可能性がある。地震によって解放された陸側プレートの応力が地震発生直前の水準に戻るには,解放された量に比例した回復時間が必要になる。この「時間予測モデル」で計算したところ,次の地震は2015年前後に起きると出た。

 

 南海地震が起きる30年くらい前から,西日本ではM7級の地震が頻繁に起きるようになる。1995年の阪神淡路大震災や2000年の鳥取西部地震などがその兆候とみられる。巨大地震が少しずつ迫っていることをうかがわせる。

 

 東海地震の震源域では現在,世界最高とも呼べる観測体制が確立している。しかし,東海だけに限るのは他の震源域から出ているシグナルを見落とす恐れもある。海域の地殻の動きを測定する技術を開発し,南海トラフ全域にわたる観測体制を整える必要がある。

著者

安藤雅孝(あんどう・まさたか)

名古屋大学環境学研究科地震火山観測研究センター教授。京都大学防災研究所教授から2000年に現職へ。専門は地震学。地震のメカニズムや地球内部構造の研究。次の南海トラフ巨大地震の予知に向けて,海底の地殻変動を測定する観測機器の開発に取り組んでいる。政府の中央防災会議の「東南海,南海地震に関する専門調査会」委員。

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