
1997年から1999年にかけて,ナノカーボンに水素が重量比で10%以上も吸着するという衝撃的な実験結果が相次いで報告された。これはニッケル・マグネシウム合金など過去に知られていた水素吸蔵合金の貯蔵量の約5倍。水素エネルギーの実用化を目指して米国のエネルギー省(DOE)が推進している研究プロジェクト「水素プログラム」の目標値6.5%をしのぐ。
その先駆けになったのは米国立再生可能エネルギー研究所(NREL)のグループがNature誌に発表した成果だ。単層カーボンナノチューブに10%もの水素が貯蔵されるという。その後の追試では,10%という数字は疑わしいという結果になっているが,この報告をきっかけにナノカーボンを使った水素貯蔵の研究が世界に広がった。
水素貯蔵技術が注目される理由は,燃料電池への応用だ。燃料電池は水素を空気中の酸素と反応させて電気を取り出す。大気汚染や地球温暖化につながる有害物質を一切排出しない。
この特性を生かし,燃料電池は自動車への応用が期待されている。このとき大きな障害となるのが水素を自動車に搭載する技術だ。高密度の水素を気体のまま搭載するのは安全性の観点から非常に困難だからだ。水素はどんなに圧力をかけても室温では決して液化しないので,液体であるガソリンや液化プロパンガス(LPG)と比べると,同じ体積に詰め込める量は極端に少ない。さまざまな貯蔵技術が試されてきたが,どれも決め手に欠ける。
例えば-240℃まで温度を下げると水素が液化するが,とてもコストに見合うものではない。室温でも数百気圧の圧力をかければ,それなりに高密度の水素をボンベに詰め込めるが,圧力を高めるほど事故が起きたときの危険が増す。また,高圧に耐える貯蔵タンクの形状は限られており,搭載性が良いとは言えない。水素吸蔵合金は有望とはいえ,長距離走行に必要な量の水素を搭載するには数百kgもの量が必要になるうえ,非常に高価だ。
ガソリンやメタノールなどを触媒を使って分解し,水素を取り出す改質方式もある。これが今のところ主流の方法で,搭載性を大幅に改善できる利点がある。しかし改質装置を始動させてから燃料電池が発電を始めるまでに時間がかかるうえ,水素を作るときに二酸化炭素も発生してしまう。あくまで過渡的な技術だろう。
水素貯蔵材としてのナノカーボンのメリットは,軽くて搭載性に優れている点と,ナノスケールでみた構造の多様性だ。チューブ状,針状,コイル状,平板状といったさまざまな形のナノカーボンが合成されている。こうした形状の違いによって,水素の吸蔵特性も変わってくる。本当にナノカーボンが10%もの水素を貯蔵できるならば,実用化への展望が大きく開けたことになる。
著者
村田克之(むらた・かつゆき) / 大森工(おおもり・たくみ) / 金子克美(かねこ・かつみ)
村田は科学技術振興事業団が推進する国際共同研究事業の「ナノチューブ状物質プロジェクト」の研究員,理学博士。専門は物理化学で,主に細孔性固体のキャラクタリゼーションと高圧気体吸着を研究している。大森は千葉大学大学院自然科学研究科修士課程在籍中。ナノカーボンへの水素吸着を研究している。金子は千葉大学理学部教授,理学博士。専門は物理化学で,特にナノスペースの分子化学,物理吸着におけるナノスケールの特異性と量子効果などを研究している。
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