
人間の全遺伝情報(ヒトゲノム)が書き込まれたすべての塩基配列が決定されつつある現在,ゲノムの応用の次なる戦場は,それらの遺伝情報に基づいて体内で作られるタンパク質の構造と働きを総合的に解明しようという「プロテオミクス」に移ってきた。日本ではその拠点として理化学研究所があり,また製薬企業もコンソーシアムを組んで基礎データの獲得に乗り出している。
今から1年半ほど前の2000年12月に,政府の科学技術会議(現在の総合科学技術会議)の「ポストゲノムの戦略的推進に関する懇談会」(座長・井村裕夫科学技術会議議員)が1つの建議をした。ヒトゲノムが解読されつつあることをふまえ,今後の研究開発の重点をまとめたものだ。
いくつかの項目の中でタンパク質の構造・機能解析,つまりプロテオミクスがあげられた。基礎的・基盤的な研究を含めて,プロテオミクスの推進こそが,激しい国際競争を勝ち抜き,ゲノム研究の成果を新しい医薬品の開発(創薬)などさまざまな応用に近づける早道であるとの認識があったからだ。
私もこの懇談会のメンバーの1人であったが,バイオインフォマティクスや開発した医薬品候補をすばやく臨床応用につなげる研究とともに,プロテオミクスが重点項目に取り上げられたのは妥当なことと思った。昨年以降,日本でもプロテオミクス研究開発が活発になったが,国のプロジェクトはほぼこの建議に沿って進んでいると言ってよいだろう。
では,なぜプロテオミクスなのだろうか。つい最近までは,「ヒトゲノムが解明されれば創薬が可能になる」という声があった。まじめな研究者はこのようなことは言わなかったが,一部にそうした風潮があったことは確かだ。
しかし,考えてみればゲノムは生命の設計図に過ぎない。これが読めただけでは生物の多様な機能を説明できないのである。機能を知るためには,ゲノムが作り出す様々なタンパク質を調べなければならない。