日経サイエンス  2002年7月号

口臭の科学 なぜにおう?どう防ぐ?

M.ローゼンバーグ(テルアビブ大学)

 古くから人間は口臭(Halitosis)の存在を意識していた(halitus: ラテン語で「息」,-osis: ギリシャ語で「異常な状態」)。しかし口臭への関心が高まるにつれ,現在では細菌学,化学,生理学,心理学などにまたがる学際的な研究テーマとして科学的にも注目されるようになってきた。

 

 科学的な研究の隆盛は,人々の口臭への関心(あるいは強迫観念)の表れだ。ある市場調査によると,2000年の米国における歯磨き剤の売り上げは18億ドルに達する。また口腔ケア用のチューインガムに約7億1500万ドル,洗口剤やデンタルリンス類に約7億4000万ドル,歯ブラシやデンタルフロスに約9億5000万ドルが費やされている。

 

 これらの製品を購入するのは主に口腔の健康のためだが,口臭を抑えたいという目的もあることは確かだ。さらにガムや洗口剤以外にも,ミントなどのキャンディー類の売り上げが6億2500万ドルあるが,これらはまさに口臭を抑える目的で購入されている。

 

 口臭の基本的な原因はすでにかなりよくわかっている。国際口臭学会の共同設立者であるベルギー・カトリック大学のステーンベルヘ(Daniel vanSteenberghe)とその共同研究者,およびイスラエル・テルアビブ大学の私たちのグループが行った研究によれば,口臭のおよそ85~90%は口腔から発生する。腋の下やむれた足など,身体の湿った部位から生じる他のにおいと同様,口臭は主に細菌の代謝による産物だ。

 

 口腔内は何百という種類の細菌のすみかになっている。これらの細菌には特にタンパク質を好んで分解するものがあり,その結果生じた化合物が悪臭を放つ。通常,口腔細菌は嫌気性で,さまざまな化合物を発生させる。

 

 腐った卵のにおいがする硫化水素,糞便臭のメチルメルカプタンやスカトール,少量では香水に使われるが大量では悪臭となるインドール,腐乱死体のにおいのカダベリン,腐った肉のにおいのプトレシン,むれた足のにおいのイソ吉草酸などだ。人間の口臭が不快なのも無理はない。

著者

Mel Rosenberg

ローゼンバーグはカナダで育ち,1969年イスラエルへ移住。現在,テルアビブ大学歯学部モーリス・アンド・ガブリエラ・ゴールドシェルガー校細菌学講座教授。彼の研究はこれまで数々の賞を受賞している。また,米国,英国,カナダで名誉学術職についている。1996年,ラーデン(KarlLaden)や大学の支援を受けて,体臭予防製品を開発するイノセント(InnoScent)という会社を設立した。細菌に関する子ども向けの本を出版したこともある。趣味はサックスの演奏。

原題名

The Science of Bad Breath(SCIENTIFIC AMERICAN April 2002)

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