
10年後には,コンピューターのユーザーインターフェースはどうなっているのだろう。現在のシステムがそのまま発展していけば,携帯用や腕時計型のモニターから机,壁,床に組み込んだ大型スクリーンまで,高解像度のディスプレーがいたるところに存在していると予想できる。しかし,私を含めたコンピューター科学者は「複合現実感」と呼ばれるまったく新しいインターフェースが登場し,それがコンピューターの未来に大きく影響を及ぼしていると考えている。
複合現実感とは,人間が現実の世界を知覚して得た感覚(視覚や聴覚,触覚など)に,コンピューターからの電子的な情報を付加して提示することをいう。前方が透けて見えるゴーグル型のディスプレーを用いて,文字やグラフィックのデータを利用者の視界内に重ねて表示する場合が多い。音や触覚の情報を重ねることも考えられるが,現在研究されているのは現実世界に視覚的な情報を重ね合わせたり融合したりする手法が中心だ。
重ねて表示された素材データが視野の中でぴったり合うように,複合現実感システムでは利用者の頭の位置と向きを検知している。例えば,コンピューターグラフィックス(CG)で描いた仮想のティーカップを本物の受け皿の上に表示するとしよう。頭の場所と向きを検出して「位置合わせ」をするので,部屋の中を歩き回っても,仮想のカップが常に受け皿の上に固定されているように見える。
複合現実感は,従来の人工現実感(バーチャルリアリティー)と同じようなハードウエア技術を使うが,決定的な違いがある。人工現実感はひたすら現実世界を人工世界に置き換えようとしたのに対して,複合現実感は現実世界を尊重し,それを増強するとともに拡張しようとする。
複合現実感で何ができるようになるかを考えてみよう。壊れた機械装置を眺める作業員には,点検の必要がある部品を指し示すガイドが見える。外科医には,患者の身体の表面に内臓の超音波画像が重なって見えるので,レントゲン写真を眺めながら手術をしているような効果が期待できる。消防士には燃えさかる建物内の配置が見えるため,他の方法ではわからない危険を避けられる。兵士には,無人偵察機が発見した敵の狙撃兵の位置を把握できる。旅行者なら,通りをざっと見回しただけで,そのブロックにあるレストランの格付けを知ることができる。ゲーム愛好家なら,通勤途中に身長2.5mのエイリアンと戦える。
著者
Steven K. Feiner
コロンビア大学コンピューター科学科教授。コンピューターグラフィックス・ユーザーインターフェース研究室を率いる。1987年ブラウン大学でコンピューター科学の博士号を取得。複合現実感のためのソフトウエアとユーザーインターフェースの研究に加えて,対話型のグラフィックスとマルチメディア表現のデザインとレイアウトを自動的に作るシステムを開発した。その用途は医学から政府のデータベースにまで及んでいる。・著者の研究室のウェブサイトは http://www.cs.columbia.edu/graphics/・最新の公開論文は http://www.cs.columbia.edu/graphics/publications/publications.html で参照できる。・複合現実感に関するウェブサイトは http://www.augmented-reality.org・複合現実感の医療分野での応用例は http://www.cs.unc.edu/~us/・MRシステム研究所のウェブサイトは http://www.mr-system.co.jp/index_j.shtml
原題名
Augmented Reality : A New Way of Seeing(SCIENTIFIC AMERICAN April 2002)
サイト内の関連記事を読む
キーワードをGoogleで検索する
ヘッドマウントディスプレー/ビデオシースルー方式/光学シースルー方式/ハイブリッド式トラッカー/ディファレンシャルGPS/ユビキタス