日経サイエンス  2002年1月号

創刊30周年記念最優秀論文

21世紀のガン治療 NK4によるガン休眠療法

松本邦夫 中村敏一(大阪大学)

 すべてのガン細胞はそのルーツをたどれば,もともと私たちの身体を構成していた1個の正常細胞にたどりつく。たったひとつの正常細胞が分裂していく過程で,秩序立った細胞分裂を制御する遺伝子に変異が生じ,そのような遺伝子変異は細胞分裂によって生じる子孫の細胞にあまねく伝えられる。

 

 腫瘍はその性質から良性腫瘍と悪性腫瘍(ガン)に分けられる。良性腫瘍は周囲の組織に広がることはないが,悪性腫瘍は周りの組織を破壊しながら血管やリンパ管に侵入し,やがて遠く離れた臓器に転移する。ガンで亡くなる人の多くは,原発腫瘍ではなく,様々な臓器に転移したガンで命を落としている。

 

 腫瘍が成長するには細胞の増殖に不可欠な酸素や栄養素がガン細胞全体に行き渡らなければならない。ガン細胞は宿主の血管から新しい血管の形成を促す腫瘍血管新生因子を分泌する。血管新生因子によって腫瘍組織内に新たな血管網がつくられ,腫瘍は著しく増大する。腫瘍の成長は腫瘍組織内での血管新生に依存するので,腫瘍組織に血管が達しなければ腫瘍は成長しない。

 

 著者らが発見したNK4という分子は,ガンの浸潤・転移や血管新生を高い効率で阻止する。NK4は血管新生を阻害して腫瘍の成長を抑制する一方,ガン細胞の動きを止め,悪性腫瘍を良性腫瘍のような“休眠状態”に封じ込める。実験動物に移植したヒトのすい臓ガンや肺ガンなど様々なガンで,NK4の投与や遺伝子治療による制ガン効果が確認されている。

著者

松本邦夫(まつもと・くにお) / 中村敏一(なかむら・としかず)

2人はNK4によるガンの休眠療法を目指して,共同研究を進めている。松本は大阪大学大学院医学系研究科未来医療開発専攻分子組織再生分野助教授。1959年生まれ。金沢大学理学部生物学科卒業。1986年大阪大学大学院理学研究科博士課程修了。九州大学理学部生物学教室助手などを経て,1996年より現職。中村は大阪大学大学院医学系研究科未来医療開発専攻分子組織再生分野教授。1945年生まれ。京都薬科大学製薬化学科卒業。1972年大阪大学大学院博士課程修了。カリフォルニア大学サンディエゴ校留学,徳島大学医学部,九州大学理学部などを経て,1993年に大阪大学医学部バイオメディカル教育研究センター教授に就任,現在に至る。