
ドーキンス(Richard Dawkins)の著書『利己的な遺伝子(The Selfish Gene)』は世界13カ国語に翻訳された大ベストセラーだ。彼は遺伝子の利己性という観点から,動物や人間の社会行動を巧みに解説した。雄と雌の駆け引きも,なわばり争いも,自らのコピーを増やそうとする遺伝子のなせる技だというのだ。擬人化表現のわかりやすさも手伝って,利己的遺伝子という言葉はたちまち世に広まった。だが,これに猛然と反発した科学者もいる。その急先鋒グールド(StephenJay Gould)は,「進化の主体はあくまで個体。遺伝子ではない」と反論。いや,そもそも擬人化そのものに問題がある,こんな論争はナンセンスだ,と主張する科学者も。進化生物学を超えて,科学界,哲学界をも巻き込んだ「利己的遺伝子論争」の実体とは何だろうか。
著者
長野敬(ながの・けい)
自治医科大学名誉教授,河合文化教育研究所主任研究員。専門は細胞生化学,生物学史。