
地球は水の惑星だ。地球上であればどこにいっても,どんなに高緯度の地域やどんなに深い地底や海底を探査しても,水のあるところには,必ずその場所に適応した生命がいる。
これまで水と生命の関係は,両極端にとらえられていた。液体の水は生命に不可欠だが,氷となった固体の水は生命の大敵というものだ。生物は熱水の噴き出す間欠泉をすみかにしたり,塩水中を泳ぎ回ったり,強酸に耐えることもできるが,相手が氷となるととたんに分が悪くなる。氷の結晶中で固く配列した水分子は,生体反応を邪魔するからだ。そうなると,生物は傷ついた組織を修復したり,不純物を取り除いたりができなくなる。氷と生命体の関係はこう思われがちだ。
しかし最近になって,星間空間に豊富に存在する凍った水には,地球の普通の氷にはない珍しい性質があることがわかり,科学者は氷に対する見方を改め始めている。星間空間に存在する水の氷(二酸化炭素などの氷と区別するために,あえてこう呼ぶ)は,原始生命の素材となった単純な有機分子の誕生と成長の場となり得たのだ。
生命の前駆体となった有機物質は,何かに覆われて保護されていたはずだ。この“何か”の正体が,生命の起源を探る上での頭痛の種だった。過去10年以上にわたる研究の結果,前駆体となった有機分子は星間雲や彗星の中で育ったと考える科学者が増えてきた。また,宇宙空間は塵やガスが固化するほど温度が低く,低温の分子雲の中など,水の氷がいたるところに存在することもわかってきた。
生命の起源となった有機分子は,宇宙空間の氷にくっついて彗星に便乗し,地球までやってきたと考える惑星科学者も多い。この理論では,約45億年前に低温の分子雲が重力で凝縮して原始太陽系星雲になった時,分子雲中の氷が集まって彗星が生まれたと考える。氷や岩の塊が地球の軌道に入って衝突し,原始地球に有機物質を運んだのだろう。原始地球に到達した有機物質は,生命誕生へとつながった化学反応に参加したに違いない。
著者
David F. Blake / Peter Jenniskens
1993年よりNASAエームズ研究センターで一緒に研究をしている。ブレイクは1990年にエームズの宇宙科学顕微鏡研究室を設立した。ジェニスキンズは1993年にナショナルリサーチカウンシルより研究助成を受け,ブレイクとともに宇宙の氷の特殊な性質について研究を始めた。ブレイクはエームズ研で宇宙生物学研究部門のチーフも務めている。彼は地球外生命体探査にも興味を持っており,惑星探査機に搭載する無機物質分析装置の設計にもかかわっている。ジェニスキンズはNASAの宇宙生物学プロジェクトを推進し,最近では獅子座流星群の接近時に,彗星がどのようにして地球にインパクトを与えるか解析を行った。
原題名
The Ice of Life(SCIENTIFIC AMERICAN August 2001)