日経サイエンス  2001年10月号

光を止める物理学

L.V. ハウ(ハーバード大学)

米国マサチューセッツ州ケンブリッジにあるローランド研究所の著者らは,光を減速し,ついには止める技術を開発し,確立した。

まず,1998年7月までに光を飛行機のスピードまで減速させた。その翌月,光の速度は時速60kmまで下がった。そして昨年暮れ,ついに絶対零度近くまで冷却した原子集団中で,光パルスをついに完全に静止させることに成功した。

光を減速し静止させるこの現象は学問的に面白いだけでなく,数多くの応用が期待できる。私たちが光の減速実験に使った冷却原子集団は,それが十分に低温ならばボース・アインシュタイン凝縮(BEC)を起こす。BECは,すべての原子が1つの量子状態に集まり全く同一の振る舞いをするという,大変興味深い状態だ。例えば,BECに関する新しい研究として,光パルスをBEC中の音速と同程度まで減速して伝播させることが考えられる。そのとき,原子は光パルス上を波乗りのように移動していくと予想される。

また,光を減速し静止させることは,光通信やデータ貯蔵,量子情報処理に新しい可能性を開く。量子効果を有効に使い,既存コンピューターをしのぐ性能をもつ量子コンピューターを開発できる可能性がある。通常の光速で移動する光子が運んできた量子情報を原子集団の中に閉じこめ,情報を操作・処理できるようになるからだ。


再録:別冊日経サイエンス202「光技術 その軌跡と挑戦 」

著者

Lene Vestergaard Hau

 ハーバード大学ゴードン・マッケイ応用物理学教授,物理学教授。米マサチューセッツ州ケンブリッジにあるローランド科学研究所原子冷却グループのリーダーで,この研究所で論文中で詳しく解説している実験をした。彼女は,デンマークのオーフス大学で,理論固体物理学のPh.D.を取得した。この研究について,ローランド研のメンバー,ダットン(ZacharyDutton),リュウ(Chien Liu),ベルージ(Cyrus H. Behroozi),ブッシュ(Brian Busch),スロウ(ChristopherSlowe),バッド(Michel Budde),スタンフォード大学のハリス(Stephen E. Harris)の協力に感謝している。

原題名

Frozen Light(SCIENTIFIC AMERICAN July 2001)