
新月の夜,オーストラリアの荒野を車でゆっくり走る。一般の立ち入りが禁止されたこのあたりは,カンガルーたちの天下だ。夜行性の彼らとひょっこり出会うこともある。途中でライトを消し,さらにしばらく進むと,星明かりの中,天を向いた大きなおわん型アンテナの黒々としたシルエットが浮かび上がる。
アンテナの口径は10m。表面には直径80cmの鏡がすき間なく敷き詰められ,南天の美しい星々を映し出している。しかし,アンテナがとらえるのは,そうした輝く星ではない。暗い夜空のあちこちで,ほんの一瞬輝いては消えるかすかな一条の青白い光だ。
そのもとは宇宙の彼方からやって来るガンマ線。X線より波長が短く,エネルギーが非常に高い電磁波だ。宇宙にはガンマ線で明るく輝く天体が,知られているだけで300個弱ある。
そうした天体からのガンマ線が大気にぶつかると,高エネルギーの電子と陽電子のペアを生み出し,それがさらに雪崩のようにたくさんのペアを作って,地表に向かって超高速で突っ走る。その際,各粒子はチェレンコフ光という淡い青白い光を,自動車のヘッドライトのように進行方向に向けて放つ。
人間の目には見えないが,毎夜,天からはチェレンコフ光が雨のように降り注いでいる。この光のシャワーを手がかりにガンマ線天体の謎を解き明かそうと,日米欧が大規模なガンマ線望遠鏡の建設を進めている。
その1つがここ,ウーメラというオーストラリア内陸の荒野にある。東京大学宇宙線研究所を中心に約20研究機関が参加する日豪協力のガンマ線望遠鏡で「カンガルー(CANGAROO)」という。「Collaborationof Australia and Nippon for a GAmma Ray Observatory in the Outback」の略称だが,もちろん,おなじみのカンガルー(kangaroo)にちなんだ命名だ。
ガンマ線天文学の夜明け
天文学の研究対象は長い間,可視光で見える天体に限られてきた。しかし20世紀半ば,レーダー技術の発展を背景に電波天文学が誕生し,宇宙背景放射やクエーサーが発見された。さらに人工衛星によって,地上では観測が難しいX線や赤外線を宇宙空間でとらえられるようになり,これらの目に見えない波長域で輝く星や銀河が続々と見つかった。
こうした中,核実験を監視する米国の軍事衛星が,宇宙で起こるガンマ線の爆発現象「ガンマ線バースト」をとらえた。1967年のことで,これがガンマ線天文学の始まりだ。
X線と同様,ガンマ線は大気で遮られるため,天文衛星を使う観測が中心となった。しかしそれでも検出は難しく,最初のうちは20個程度のガンマ線天体しか見つからなかった。
状況が大きく変わったのは,1991年に米国のコンプトン衛星が活動を始めてからだ。コンプトンには総重量約2トンに達する超大型のガンマ線検出器などが搭載された。これによって一挙に約270個のガンマ線天体が見つかり,ガンマ線が描き出す宇宙の全体像が浮かび上がった。
天の川はガンマ線で見ても明るい帯のように見える。その中で「かに星雲」など,いくつもの天体が,とりわけまばゆい輝きを放っている。天の川から離れた場所には,ガンマ線で光るはるか遠くの銀河がポツポツと見える。
こうした宇宙の風景の中で,目がくらむようなガンマ線バーストが毎日数回,空のどこかで発生しては,0.1秒から数分で消えている。
これまでに見つかったガンマ線天体の約半数は,電波や可視光など他の波長では見えず,正体がつかめていない。宇宙最大の爆発現象といわれるガンマ線バーストについても,最近はかなり研究が進んだものの,そのエネルギー源など多くの謎が残っている。
天文衛星にしても,すべてのガンマ線を観測できるわけではない。エネルギー換算で約100GeV(1GeVは10億電子ボルト)以上の非常に波長が短い超高エネルギーガンマ線を観測するには非常に大きな検出器が必要で,衛星には載せられないからだ。しかも,ガンマ線天文観測の大黒柱だったコンプトン衛星が昨年,大気圏に突入して消滅した。現在,軌道上でガンマ線天体を定常観測している大型衛星は1つもなくなってしまった。
夜空に降る光の雨
こうした状況を背景に,ガンマ線望遠鏡の開発が盛んになってきた。大気のチェレンコフ光をとらえれば,超高エネルギーのガンマ線天体を観測できるからだ。
現在,日豪協力のカンガルー望遠鏡のほか,この分野の草分け的な存在である米国スミソニアン天文台のホイップル望遠鏡がアリゾナ州のホプキンス山頂(標高2320m)で,ドイツの望遠鏡が大西洋のカナリア諸島で,晴れた夜空に降る光の雨を見つめている。中でもカンガルーは最新鋭で,南天の観測を独占している。