日経サイエンス  2001年6月号

長生きできる“理想の人体”

S. J. オルシャンスキー(イリノイ大学) B. A. カーンズ(シカゴ大学) R. N. バトラー(ニューヨーク市国際長寿センター)

 人体は“生きた機械”といわれるが,昔より寿命が延びた今では,その保証期間をはるかに超えて無理に動かしているので,劣化が目立ってくる。そもそも進化という点からみると,人間の身体は欠陥を内蔵している。自然淘汰は遺伝的に調節される特質を形づくるための原動力であって,寿命を全うするまで人間を健康に保つためのものではないからだ。ある個体が繁殖するのに(そして,人間などの動物の場合は,子育てをするのに)十分なだけ生きられれば,その個体がもつ身体の基本構造は進化の過程で選択されて残る。例えば50歳になったら完全に衰弱してしまうような身体の基本構造でも,若いときの生殖に支障がない限り,後半生に有害な結果が生じるとしても,次世代に伝えられていくのだ。

 

 加齢にともなう健康上の問題の多くは,完全なメンテナンスや修復システムを持たず,しかも長期間の使用,つまり永続的な健康を目的としてつくられていない身体を授かったために生じる。それを個人の責任に帰するのははなはだ不公平だ。もし生涯を通じて健康で長生きできる人体が設計され,そのように進化してきたとすれば,人間の姿は多くの「修正」が施され,だいぶ違ったものになっていたはずだ。

 

 

再録:別冊日経サイエンス225「人体の不思議」

著者

S. Jay Olshansky / Bruce A. Carnes / Robert N. Butler

 3人はともに加齢の根底にあるプロセスに長く関心を持ってきた。オルシャンスキーはシカゴにあるイリノイ大学の公衆衛生学部の教授。オルシャンスキーとカーンズは国立オピニオン・リサーチ・センター/シカゴ大学加齢センターの上級研究科学者で,米国立加齢研究所(NIA)及び米航空宇宙局(NASA)から助成を受けた,加齢に関する生物人口統計学(集団での年齢が関係する疾患や死亡のパターンに関する生物学的な理由を検討する)についての研究で協力している。両者は『不死の追求:加齢の新領域での科学』(W.W. Norton, 2001)を共に著した。バトラーはニューヨーク市の国際長寿センター所長で,NIAの創立理事である。

原題名

If Humans Were Built to Last(SCIENTIFIC AMERICAN March 2001)