日経サイエンス  2001年6月号

カリブのトカゲが語る進化の謎

J. B. ロソス(ワシントン大学)

 カリブ海の大アンティル諸島(ハイチとドミニカ共和国があるイスパニオラ島やキューバ,ジャマイカ,プエルトリコの4島と周辺の小さな島々)では,アノールトカゲ類が木のてっぺんや幹の上,落ち葉の間,柵の支柱の上,花壇の周辺などいたる所に見られる。その姿形や性質もいろいろだ。こうした驚くほどの多様性ゆえに,アノールトカゲ類,すなわちアノール属(Anolis)のメンバーは,きわめて魅力的な研究対象となっている。その無数の形態や生息場所の裏に,「生物の進化が特定の過程をたどるのはなぜか」という,重要で神秘的な問題をとくカギが隠されているからだ。

 

 大アンティル諸島を訪れると,複数の種のアノールトカゲが同じ島の中で異なる生息環境を使って生活しているのが目に入ってくる。たとえばある種は下草の中だけに,また別の種は木の枝先だけに見られる。さらに別の種は木の幹の根本近くにおり,時折,地上を探検している。これら3種は,形態的にも異なっている。下草にすむ種は細身で尾が長く,枝先にすむ種も細いが肢は太くて短い。木の幹にいる種はがっしりした体格で肢が長い。

 

 アノールトカゲたちが驚異的なのは,ただ同じ島内での彼らの形態や生息環境が異なっているからではない。それらが特別なのは,それぞれの島でそれぞれの生息環境に同じように専門化した種がいる点にある。たとえば,まずプエルトリコで枝先にすむ種を観察し,次に他の大アンティルの島々,キューバやイスパニオラ,ジャマイカなどを訪れると,それぞれの島で姿形の非常によく似た,しかも同じような生息環境にすみ同じように行動する別の種がいるのに気づくだろう。またこれらの4島のそれぞれには,木の幹の根元の部分での生活に専門化した種(スペシャリスト)や,木のより高い所での生活のスペシャリスト,そして樹冠にすむ巨大な種も見られる。

 

 生物学者たちは,世界各地の類似したニッチから外見や生態がよく似た種が発見されるのに慣れっこになっている。しかしさまざまな種からなる生物群集の全体がよく似た姿や生態になると話はまったく違う。異なる地域の群集がある程度の類似性を示すことはままあるが,生態的にみてまったく同じスペシャリストの組み合わせから成る群集が,独立に生じることはまずない。

 

 

再録:別冊日経サイエンス185 「進化が語る現在・過去・未来」

著者

Jonathan B. Losos

 進化的多様化の原因とその結末について調査研究をしている。セントルイスにあるワシントン大学の生物学の准教授で,同大学のタイソン研究所の所長でもある。自分の解明しようとしている学際的問題がこれまで特によく検討されているトカゲに焦点を当て,研究を進めている。トカゲを探して世界中を駆け回る旅の合間に,アイスホッケーの競技にも興じる。

原題名

Evolution: A Lizard's Tale(SCIENTIFIC AMERICAN March 2001)