日経サイエンス  2001年4月号

特集:宇宙論の新展開

宇宙論検証のカギ握る重力波観測

R. R. コールドウェル(ダートマス大学) M. カミオンコウスキー(カリフォルニア工科大学)

 宇宙はどこからきたのか。もし何かがあったのなら,何が宇宙をつくったのか。どんな過程を経て,現在のような姿になったのか。未来はどうなるのか。理論研究者たちは長い間,宇宙の起源に思いを馳せてきたが,宇宙誕生の瞬間を探って,彼らの仮説を確かめる方法はなかった。しかし,最近になってビッグバンから1 秒程度後の,極めて短い時間の宇宙を観測する方法が編み出された。その方法は,およそ150 億年もの間宇宙に広がり続けて冷たくなった熱放射「宇宙背景放射」の中に埋もれている重力波の痕跡を探し出すことだ。

 

 宇宙論研究者は宇宙背景放射の詳細な観測から,初期宇宙の貴重な情報が得られるとみている。なかでも特に,インフレーションが起きた時期の直接証拠を見つけようとしている。その決定的証拠となるのは,インフレーション期の重力波の観測だ。1918 年,アインシュタイン(Albert Einstein)は,一般相対性理論の1 つの帰結として,重力波の存在を予言した。重力波は,X線や電波,可視光など,電磁場の乱れが移動していく電磁波と似ていて,重力場の乱れが移動していく。

 

 電波や可視光のように,重力波は発生源からの情報やエネルギーを伝えられる。さらに,重力波は電磁放射を吸収するどんな物質にも妨げられず,通り抜けられる。医師がX 線を使って可視光が透過しない体内を透かして見るように,研究者はほかの方法で見ることのできない天体現象を,重力波を使って見ることができる。これまで重力波は直接検出されたことがないが,中性子星やブラックホールなど極端に重い天体からなる連星が,重力波を出して徐々に連星間の距離が縮まっていく様子が,天体観測から確認されている。

 

 宇宙の始まりから50 万年もの間,宇宙を満たしていたプラズマは,電磁放射を通しにくく,放射された光子は,原子より小さい粒子からなるスープの中ですぐに散乱された。だから,天文学者は,宇宙背景放射より前に出た電磁気的な信号を観測できない。一方,重力波は,プラズマ中も伝わる。しかもインフレーション理論は,ビッグバンから10のマイナス38乗秒後の爆発的な宇宙膨張で重力波が生成されたとしている。もしこのインフレーション理論が正しいのなら,こうした重力波が宇宙初期にこだまして50 万年後の宇宙背景放射に小さなさざ波を残し,今日でも観測されることになる。




再録:別冊日経サイエンス247「アインシュタイン 巨人の足跡と未解決問題」

著者

Robert R. Caldwell / Marc Kamionkowski

コールドウェルはダートマス大学の物理学と天文学の助教授。カミオンコウスキーはカリフォルニア工科大学の理論物理学と宇宙物理学教授。2人は1987年,ともにワシントン大学物理学科を卒業した。コールドウェルは1992年,ウィスコンシン・ミルウオーキー大学でPh.D.を取得した。クインテッセンス宇宙論の旗振り役の1人だ。カミオンコフスキーは1991年,シカゴ大学で物理学のPh.D.を取得した。1998年には,理論天文学への貢献に対しワーナー賞を受賞した。

原題名

Echoes from the Big Bang(SCIENTIFIC AMERICAN January 2001)