日経サイエンス  2001年1月号

特集:幕開ける脳科学の世紀

認知研究で見えてきた身体とのかかわり

運動系から高次元言語機能に迫る

乾敏郎(京都大学)

 1990年以降,脳の高次機能の研究は急速に進展した。その大きな要因は,脳の活動を画像でとらえるイメージング技術の発達である。かつては,脳を観察しようとすると,サルを使うか,亡くなった人の脳を解剖させてもらうしかなかったが,1970年以降,CT(コンピューター断層撮影),PET(陽電子放射断層撮影),fMRI(ファンクショナルMRI,機能的磁気共鳴画像検査)といった技術が次々と開発され,研究者や医師が脳全体の構造や機能をより鮮明にとらえることが可能になった。

 

 しかし,イメージング技術が向上したからといって,それだけで脳の理解が進むわけではない。画像に加えて,ニューロン(神経細胞)を調べて脳の活動を解明する神経生理学や,ニューラルネットでの情報処理をモデル化する計算論的神経科学,障害を手がかりに脳機能を探っていく神経心理学的な研究など,さまざまな分野から脳に迫る必要がある。

 

 私自身は,五,六年前までは視覚情報処理に関する脳内メカニズムに焦点を当てた研究をしてきた。視覚は脳研究の中でも歴史が古く,かなり多くの知識が得られている。ただ,かつての視覚情報処理は,後頭葉にある視覚野だけに注目して議論していた。最終的な目的が認知の解明であるなら,当然,脳の一部だけで認知がわかるとは思えない。

 

 眼球運動に代表されるように,視覚情報処理といっても,運動を切り離して考えることはできない。さらに最近の研究では,認識は運動を考慮に入れないと語れなくなってきている。「身体化による認知(embodied cognition)」である。私たちの研究も現在,その方向に進んでいる。

著者

乾敏郎(いぬい・としお)

京都大学大学院情報学研究科教授。