日経サイエンス  2000年11月号

知の21世紀へ

ヒッグス粒子を探す大型加速器LHC

C. L. スミス(ロンドン大学ユニバーシティーカレッジ)

 9月7日に「ヒッグス粒子を観測」との一部報道が流れたが,これはスイス・ジュネーブ郊外にある欧州共同原子核研究機構(CERN)の大型電子・陽電子衝突器(LEP)という粒子加速器の成果だ。このLEPのトンネルをそのまま使い,2つの陽子を光速近い速さになるまで加速してから,正面衝突させる実験をしようというのが大型ハドロン衝突器(LHC)だ。

 

 LHCは新たな物理現象を発見できると期待の加速器だ。例えば,2つのクォーク同士が2兆電子ボルト以上のエネルギーで正面衝突したとする。それらの衝突では,自然がひそかに隠し持っている秘密が現れてくるに違いないと科学者は信じている。それはLEPがとらえたのかもしれないヒッグス粒子と呼ばれる風変わりな粒子であり得るし,超対称性と呼ばれる不思議な法則の形跡かもしれないし,理論物理学者の頭をかすめもしなかった予想外の結果かもしれない。

 

 このようなクォーク同士の激しい衝突が,実は過去にも数多く起こっている。それは100億年前に起こったビッグバンの最初の1兆分の1秒の間だ。LHCは2005年から実験を始める予定だ。その年には,何十もの国から集まった科学者がLHCの巨大な実験装置を完成させ,実験を始める。

著者

Chris Llewellyn Smith

ロンドン大学ユニバーシティーカレッジ学長。母校のオックスフォード大学で理論物理学者としてほとんどの研究生活を過ごす前は,モスクワのレベデフ研究所,スイス・ジュネーブ近郊のCERN,米カルフォルニア州のスタンフォード線形加速器センターでの研究職を歴任した。1994~1998年のCERN所長在任中には,LHCプロジェクトの承認がなされ,プロジェクトに参加することになった日本や米国を含む非加盟国との間で新しい関係の交渉がされた。

原題名

The Large Hadron Collider(SCIENTIFIC AMERICAN July 2000)

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