
2000年9月15日にオーストラリアのシドニーで開かれるオリンピック。ここでは,長時間の持久力が必要なマラソンや瞬発力を求められる短距離走など,さまざまな種目の競技が行われるが,こうした国際競技でメダリストになりそうな有望選手を発掘し,勝利に向けてトレーニングするには何が必要なのだろうか。短距離走やマラソンの選手の筋肉を細胞レベルで調べていくと,遺伝子レベルで選手候補を見つけ,種目に応じた筋肉の付け方など,育て方もわかってくる。
脚の筋肉には収縮の速度に応じて速筋線維と遅筋線維と呼ばれる2つのタイプの筋肉細胞があり,短距離選手は速筋線維,長距離選手は遅筋線維がカギを握る。記録更新のため,選手を強化するには,どちらの筋肉をつけるように訓練すればよいかを考え,それを管理しながら練習すればよい。特に,短距離選手では,トレーニング期間中に休息期間を入れると必要な筋肉を増やすこともできる。
さらに,遺伝的に速筋線維と遅筋線維の割合が短距離と長距離の選手向きになっている人もいるので,そうした人を探し出してくれば世界記録をねらえる選手に育て上げられる。特に,遅筋線維が重要なマラソン選手はこの要素が大きい。
遺伝子レベルでの筋肉増強のメカニズムが判明するにつれ,将来,遺伝子治療による選手改造が起きる可能性がある。この不正を見つけるのは難しく,ドーピング検査の難問ともなる。著者はデンマークの陸上選手強化チームの元コーチら筋肉の研究者で,陸上競技のトップランナーの筋力の謎と将来の問題を明らかにする。
著者
Jesper L. Andersen / Peter Schjering / BengtSaltin
3人はコペンハーゲン筋肉研究センターに属している。このセンターは,コペンハーゲン大学とコペンハーゲン市大学病院を統括している。アンデルセンは筋分子生物学部門の研究者で,以前に,デンマーク代表陸上チームのコーチを務めていた。シェリンクは同部門の遺伝工学者で,最近になって研究対象を酵母から筋肉をもつホモ・サピエンス(ヒト)に変えた。サルティンは,同センターの所長で,1964年にストックホルムのカロリンスカ研究所を卒業し,その後同研究所やコペンハーゲンのオーガスト・クロー研究所で人体生理学の教授を務めた。以前,競技選手でもあり,デンマーク代表オリエンテーリング・チームのコーチ,国際オリエンテーリング協会の会長を歴任した。
原題名
Muscle, Genes and Athletic Performance(SCIENTIFIC AMERICAN September 2000)