日経サイエンス  2000年10月号

知の21世紀へ

究極の超高純度金属

安彦兼次(東北大学)

 金属材料の歴史は性能を高める歴史といってよい。それは,純度を高める歴史でもあった。そして,未来につながる道でもある。例えば鉄は,純度を高くすればするほど,腐食しにくくなり,可塑性が向上する。そして,割れるような壊れ方〔脆性(ぜいせい)破壊〕ではなく,延びてちぎれるような壊れ方(延性破壊)をするようになる。炭素などの有用元素を加えたり,熱処理を施せば,望むような強さが得られる。現代科学はセラミックスや樹脂など,金属以外の材料も多数生み出してきた。しかし,強度が高く加工しやすい金属に取って代わる素材はない。金属の重要性は少しも揺らいでいない。

 

 私は30年にわたる高純度鉄の研究から,これまで鉄の性質として知られてきたものは“鉄と不純物元素との合金”の性質であったことを明らかにしてきた(安彦兼次ほか「超高純度金属──新しいマテリアルの登場」日経サイエンス1993年1月号)。鉄に限らず合金も含めて一般に,金属は硫黄,リン,炭素,窒素,酸素,ホウ素などの不純物量が多くなると,脆くなったり,腐食しやすくなったりして,性能が落ちる。超高純度金属を作るのは,金属の本当の姿を知るという科学的興味だけでなく,どのような元素を加えればよりよい性質が得られるか,どのような元素が何ppm(1ppmは100万分の1)以上になると悪影響が生じるかを調べるにも不可欠だ。

 

 私は1999年3月に純度99.9989%以上の超高純度鉄を作ることに成功した。この鉄の不純物元素はすでに分析限界に達している。この鉄は,それまでの常識を覆す“鉄の素顔”を見せてくれた。また,これをもとにした純度の高い耐熱合金は加工性に非常に優れていた。高温での強度が果たせれば,高温・高強度の合金が可能になる。

著者

安彦兼次(あびこ・けんじ)

東北大学金属材料研究所助教授,工学博士。秋田大学鉱山学部冶金学科を卒業後,東北大学の大学院に進み,1970年に博士号を取得。鉄を中心としたベースメタルを超高純度化して,金属本来の性質を明らかにしようとしている。現在,科学技術振興事業団・戦略的基礎推進事業,極限環境状態における現象分野「超高純度ベースメタルの科学」(平成7年度採択)を推進中。

サイト内の関連記事を読む