日経サイエンス  2000年9月号

知の21世紀へ

特集:ヒトゲノム解読をめぐる競争

詫摩雅子(編集部)

 「今世紀の科学の進歩の中で最高の発見だ」──米国のクリントン大統領は2000 年6 月26 日の会見で,ヒトの全遺伝情報(ゲノム)の全体像の解明をこう祝った。米国,英国,日本,ドイツ,フランス,中国が公的資金を使って進めていたヒトゲノム計画の国際チームと,その競争相手だった米国のセレーラ・ジェノミクス社との共同会見だった。衛星回線を使って英国のブレア首相も参加して祝辞を述べ,“全人類が待ち望んだ日”を演出した。

 

 国際チームが発表した概要(ドラフト)は全ゲノムの86 %をカバーしている。1 割強の“虫食い”状態があるものの,公表している部分については精度を9 9 . 9 %以上まで高めている(全体の2 割は解読完了に相当する精度99.99 %)。一方のセレーラ社は全ゲノムの解読を終了したと宣言した。

 

 ヒトのゲノムには,約30 億の塩基対があり,これがいわば“文字”となっている。ヒトゲノム計画は30 億の文字を端から端まで全部読んでいこうという壮大な計画で,1990年頃に米国,英国を中心に始まった。

 

 計画がスタートした1990 年代初めのころは,解読するDNA 断片の材料づくりや,断片の染色体上での位置決め(マッピング)などの作業に時間を取られていた。配列解読装置(シーケンサー)も現在のような高性能ではなかった。新型のシーケンサーが登場して解読速度が飛躍的に向上したのは1997年になってからだ。実際,今回のドラフト用の塩基配列は今年に入ってから解読したものが全体の半分を占める。