日経サイエンス  2000年5月号

地球科学の新たな拠点 深海ステーション

中島林彦(日本経済新聞社科学技術部)

 昨年9月中旬,沖縄本島の南東75kmの太平洋上。海洋調査船「かいよう」搭載の無人探査装置「ディープ・トウ」は,地震計や水中カメラ,磁力計,水中マイクなど約10種の観測装置を深海底に運んだ。世界初の総合的な深海底観測ステーション用の“建設資材”だった。

 

 地球表面の7割は海が占め,その平均水深は約3800m。言い変えれば地表の大部分は深海底なわけで,火山活動や地震活動の大半は,この暗黒の世界で起きている。人工衛星による地球観測が盛んになり,地上の出来事が手に取るようにわかるようになったが,厚い海水の層を見通して深海底を観察することはできない。

 

 日本近海などの海底に観測ステーションを設置する例は増えてきたが,遠洋の数千mの深海底に本格的な観測ステーションを設置した例は最近までなかった。リアルタイムでデータを取るには海底ケーブルを敷設する必要があるが,コストが膨大にかかるからだ。

 

 ところが最近,追い風が吹き始めた。海底通信ケーブルの更新が始まったことだ。従来は同軸ケーブルというタイプが使われていたが,国際通信の需要増大に伴って回線がパンクするおそれが出てきたことから,はるかに大容量の情報を送れる光ファイバー海底ケーブルが敷設され始めた。

 

 引退した海底ケーブルは回線容量が小さいだけで施設自体には何の問題もない。そこでこれらを観測ステーション用のケーブルに転用する構想が浮上,実現に向けて動き始めた。その本格的な深海ステーションの第一号が,沖縄本島の沖に建設されたのだった。このステーションは水中を伝わる音波をとらえて遠くの海底火山の噴火を探り,地震波の観測から地球内部の奥深くを調べる地球科学の新たな拠点としての活躍が期待されている。