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BEYOND DISCOVERY
日経サイエンス
ビタミンDの謎を解く
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1. イントロダクション
2. 誤った同定
3. 病気の原因を追う
4. 「タンパク質や塩分とも違う物質」
5. くる病に迫る
6. 動物,植物,あるいはミネラル?
7. ビタミンDとカルシウム調整との関係
8. 働きはカルシウム調節だけではない
9. クレジット
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BEYOND DISCOVERY
THE PATH FROM RESEARCH TO HUMAN BENEFIT
■ビタミンDとカルシウム調整との関係
 くる病が制圧されると,科学者たちは骨がどのように形成されるのかという謎の解明に焦点を当てた。その後の40年間で,多くの研究チームによって体内でのビタミンDの代謝経路が明らかにされた。しかし,当初は科学者たちを混乱させるような発見があった。ビタミンDの代謝副産物がどれも生物学的に不活性に見えたことだ。だとすると,ビタミンDはどのように骨を作り,くる病を治すのだろうか?
 
 生体の中で起きているこの複雑な過程を追跡する手段がもたらされたのは,ようやく1960年代半ば,放射性同位体で目印をつけた物質を用いる手法が登場してからだ。1968年から1971年にかけて,ビタミンDの代謝過程とその生理活性の理解は飛躍的に進んだ。ウィスコンシン大学のデルーカ(Hector F. DeLuca)らのチームは1968年,25-ヒドロキシビタミンD3と呼ぶ活性物質を分離し,これが肝臓で作られることを後に証明した。その後2年間で,同チームのほかカリフォルニア大学リバーサイド校のノーマン(Anthony W. Norman)ら,英国ケンブリッジ大学のコディセック(E. Kodicek)らがそれぞれ独自に別の活性な代謝産物を報告した。コディセックとフレーザー(David R. Fraser)は,この2つ目の代謝産物が腎臓で作られることを示した。3つの研究チームは1971年,ついにこの代謝産物の化学的・分子的な構造を突き止めて報告した。これが1,25-ジヒドロキシビタミンD3だ。ビタミンD3が肝臓で25-ヒドロキシビタミンD3に変わり,体内を循環するビタミンDは主にこの形をとっていることが明らかになった。この25-ヒドロキシビタミンD3が腎臓で1,25-ジヒドロキシビタミンD3に変わり,ビタミンD3としての活性を発揮するようになる。
 
 では,これがどのようにカルシウム沈着につながり,丈夫な骨ができるのだろうか。この疑問に関連しては,1950年代から2つの発見に関する謎が残っていた。1950年代前半にスウェーデンの研究者カールソン(Arvid Carlsson)は,体がカルシウムを必要とするときには,ビタミンDが骨からカルシウムを実際に取り去ってしまうという意外な事実を見つけた。ほぼ同時期に,ノルウェーの生化学者ニコライセン(R. Nicolaysen)は,動物実験でさまざまな食品を何年も試した結果,食品からのカルシウム吸収がいくつかの未知の「内的因子」によって調節されていると結論づけた。体がカルシウムを要求しているという警告を,この内的因子が腸に伝えているというのだ。ビタミンD活性化の道筋を追跡する実験が行われ,謎の答えが見えてきた。
 
image 一連の実験で得られた重要な成果は,活性ビタミンDである1,25-ジヒドロキシビタミンD3がカルシウム代謝を調整するホルモンとして再分類されたことだ。ホルモンはある臓器で作られ,血流に乗って目的の臓器に運ばれて,特定の生物学的な働きをする。1,25-ジヒドロキシビタミンD3は腎臓で作られ,腎臓から分泌された後に腸の細胞核に集積し,そこでカルシウムの代謝を調節していることがわかったため,この活性ビタミンDがホルモンであると再分類されたわけだ。1975年にはアリゾナ大学のハウスラー(Mark R. Haussler)が活性ビタミンDの代謝産物と結びつくタンパク質受容体を腸の細胞核に発見し,これを裏付けた。
 
 ビタミンDと腸の関連が明らかになり,研究の焦点はカルシウム調整のメカニズムに移った。研究者たちは,カルシウム含有量の多い食品を食べると体内の活性ビタミンDホルモンの量が減り,カルシウムの少ない食品を食べた場合は逆になることに気づいた。このフィードバックは, 活性ビタミンDホルモンがニコライセンの指摘したカルシウム調整の「内的因子」であることを示している。これを受けて,ウィスコンシン大学やケンブリッジ大学など多くの研究チームはビタミンDホルモンと内分泌系の関係に焦点を絞った。彼らは副甲状腺で作られるホルモンがビタミンDホルモンの血中濃度を適切に維持するカギを握っていることを発見した。カルシウムが必要な時には,副甲状腺が副甲状腺ホルモンを腎臓に送り込み,これによって腎臓がビタミンDホルモンを作り始める。こうしてできたビタミンDホルモンは腸に働きかけて,食品中のカルシウムを吸収して血液中に送らせる。取り込んだカルシウムだけでは少なすぎて通常の機能を果たせない場合は,ビタミンDホルモンと副甲状腺ホルモンの両方が働いて,骨に蓄えられているカルシウムを取り出す過程を引き起こす(スウェーデン人研究者カールソンの発見が20年近くたって確認された)。
 
 血中カルシウム濃度の調整は重要だ。血液中にほとんどカルシウムがなくなると,神経や筋肉などの軟組織細胞は働きを止めてしまい,体にけいれんが起きる。逆に血液中のカルシウムが過剰になると,臓器が石灰化してついには機能不全に陥る。副甲状腺や腎臓を失うなど,血中カルシウム濃度を調整できなくなった患者に対して,十分なカルシウムとともに新たに合成されたビタミンDホルモンを投与すると劇的な改善効果があり,けいれんや骨の慢性疾患が回復した。
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