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BEYOND DISCOVERY
日経サイエンス
ビタミンDの謎を解く
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1. イントロダクション
2. 誤った同定
3. 病気の原因を追う
4. 「タンパク質や塩分とも違う物質」
5. くる病に迫る
6. 動物,植物,あるいはミネラル?
7. ビタミンDとカルシウム調整との関係
8. 働きはカルシウム調節だけではない
9. クレジット
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BEYOND DISCOVERY
THE PATH FROM RESEARCH TO HUMAN BENEFIT
■動物,植物,あるいはミネラル?
 1924年になると,くる病との戦いは実際に勝利を収めるようになった。米国では全国の子どもたちが紫外線照射した牛乳やパンを食べ始めるようになり,くる病流行の差し迫った脅威はたちまち消えて,半ば忘れ去られた歴史的出来事のようになった。しかし,ビタミンDの解明は始まったばかりだった。ビタミンDが何であり,どう働くかは研究者にもほとんどわかっていなかったのだ。
 
 食品や皮膚の中にあって紫外線で活性化する物質の正体は何なのか,それを探る研究が続いた。ウィスコンシン大学のスティーンボックとブラック,コロンビア大学のヘスとウェインストック,ヘルマン(F. Dorothy Helman),ロンドンにある英国立医療研究所のローゼンハイム(O. Rosenheim)とウェブスター(T. A. Webster)など複数の研究チームが,その物質が動物や野菜の脂質にも存在することを確認した。さらに彼らは,それがステロール分子を含む脂質に偏在することを突き止めた。純粋なコレステロール(動物の主要なステロール)や植物ステロール(野菜のステロール)にはくる病を抑える性質はないが,これらに紫外線を照射すると治療効果が出ることがわかった。
 
 ビタミンDの研究者たちは当時,生理学的な作用を手がかりにしてこの物質の特性を探るしかなかった。しかし,ドイツのゲッティンゲンにいた有機化学者ヴィンダウス(Adolf Windaus)の研究によって化学的な分析手法が整い,これがビタミンD分子の特定に役立つことになる。20世紀初頭,ヴィンダウスは当時ほとんど何もわかっていなかったコレステロールや関連ステロールの研究に取りかかった。彼はその当初から,ステロールがあらゆる細胞に存在していて,さまざまな別の天然物質を作り出す親物質に違いないとにらみ,これら天然物質の分子構造を調べると意外な結果が得られるだろうと考えていた。
 
 1925年にはヴィンダウスはステロール研究の第一人者として認められていた。ヘスはヴィンダウスにくる病治療効果を持つビタミンを研究してもらうべく,彼をニューヨークに招いた。ヴィンダウスは当時,ロンドンにいたローゼンハイムやウェブスターとも共同研究していた。両チームは1927年,化学的な成分置換と既知の化合物との比較に基づいて,エルゴステロールが食品中のビタミンDの親物質らしいと推定した。その翌年,ヴィンダウスはゲッティンゲンの研究室に戻り,3種類のビタミンDを分離した。2つは紫外線照射した植物ステロールから分離したもので,それぞれビタミンD1,D2と名づけた。もう1つは紫外線照射した皮膚から取り出したビタミンD3だ。英国のアスキュー(F. A. Askew)のチームは1931年にビタミンD2の化学構造を解明するのに成功した。ビタミンD2は紫外線を照射した食品中に見られ,現在ではエルゴカルシフェロールと呼ばれるが,これが前駆体分子のエルゴステロールからできることがわかった。5年後の1936年,ヴィンダウスは7-デヒドロコレステロールの分子を合成,それに紫外線を当ててビタミンD3に転換した。ビタミンD3は現在ではコレカルシフェロールと呼ばれる。ビタミンDは皮膚中で7-デヒドロコレステロールが光化学反応を起こしてできると見られたが,最終的に証明されたのは30年以上たった後だった。ウィスコンシン大学のエスベルト(R. P. Esvelt)のチームとマサチューセッツ総合病院内分泌科のホリック(Michael F. Holick)のチームがそれぞれ独自に,ビタミンD3が紫外線照射によって皮膚で作られることを実際に示した。
 
 これらの発見によって,ビタミンDを大量に合成できるようになった。ビタミンDの合成は食品に紫外線を照射するよりも安くでき,紫外線照射と違って食品の風味を損なうこともない。合成ビタミンDはくる病根絶に向けた公衆衛生活動の躍進をもたらした。ヴィンダウスは「ステロールの組成とそのビタミンDとの関連についての研究」によって,1928年にノーベル化学賞を受賞した。
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原文はNASのBeyond Discoveryでご覧になれます。
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