■遺伝子診断
1. 遺伝子診断
2. 遺伝子の本質を解明する
3. 遺伝的な誤りが原因となる病気
4. 最先端を行く
5. すべてを物語る遺伝配列をふるいにかける
6. 病気の遺伝子探しに狙いを定める
7. 病気の遺伝子の配列を明らかにする
8. 革新的な複製技術の誕生
9. 結腸ガンの遺伝子を追う
10. 変質する医療
11. 遺伝子診断が投げ掛ける社会的ジレンマ
12. クレジット
変質する医療
 HNPCCの遺伝子診断の物語は,遺伝子診断が医療を劇的に変えつつある一例に過ぎない。一方では,遺伝子を捉える技術は「両刃の剣」にもなる。アルツハイマー病などいくつかの病気では,欠陥遺伝子を検出できるようになったものの,治療法が追いついていない。こうした病気の遺伝子診断をめぐっては,科学者だけでは解決できない多くの社会的問題が持ち上がっている。政策立案者や法律家,科学者たちが協力して,こうした問題に解決策を見いだそうと努力している(別稿参照)。

 しかし,多くの場合,ある病気にかかりやすいかどうかを症状が現れるずっと前に遺伝的に予想できれば,病気を予防したり,早い段階で察知して治療できる可能性が大きくなる。例えば新生児を遺伝子診断して網膜芽腫に陽性だとわかれば,生後数週間で眼腫瘍の検査ができる。幼児の両目に腫瘍が見つかっても,放射線治療によって視力を失わずにすむかもしれない。

 さらに,出生前の遺伝子診断で死産や極端な衰弱状態の可能性がわかれば,手を打てる。イタリアのサルディニア島では,出生前診断によって,βサラセミアという致死性の貧血症をほぼ根絶した。ボルチモア地方では,致死性の神経疾患テイ・サックス病について,その疾患遺伝子を出生前に診断する手法を導入し,発生率を1/20に減らした。胎児が衰弱してしまうような遺伝子欠陥を持っている場合にも,両親が出生を望むのなら,誕生後に必要な治療の準備ができるようになる。

 人間の病気の遺伝的な側面を解明すれば,より優れた治療につながっていくだろう。嚢胞性線維症やデュシェンヌ筋ジストロフィーの遺伝子が見つかった後,異常遺伝子を修復したり置き換えるといった実験的な治療法がすぐに開発されたのが一例だ。ある種のガンなどでは,遺伝子の欠陥によって特定のタンパク質ができなくなったり不完全なものになるが,これを補償する医薬品の開発も進んでいる。

 何が豆の木の高さを決めているのか,微生物の間で遺伝子がどのように置き換わるのかといった基本的な謎に研究者が好奇心を示さず,それを追究しなかったなら,こうした医学的な偉業も成し遂げられなかった。遺伝子診断につながった科学的なブレークスルーの多くは,全く無関係な基礎研究での偶然の発見から生まれた。その研究の多くは公的な資金に基づいている。それが投げ掛けた実用的な意味合いは,自然のからくりを解明しようと好奇心に燃えていた発見者の想像を超えていた。
   
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原文はNASのBeyond Discoveryでご覧になれます。
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