■遺伝子診断
1. 遺伝子診断
2. 遺伝子の本質を解明する
3. 遺伝的な誤りが原因となる病気
4. 最先端を行く
5. すべてを物語る遺伝配列をふるいにかける
6. 病気の遺伝子探しに狙いを定める
7. 病気の遺伝子の配列を明らかにする
8. 革新的な複製技術の誕生
9. 結腸ガンの遺伝子を追う
10. 変質する医療
11. 遺伝子診断が投げ掛ける社会的ジレンマ
12. クレジット
結腸ガンの遺伝子を追う
 1990年には,遺伝性非ポリポーシス直腸ガン(HNPCC)という結腸ガンを引き起こす遺伝子の探索法が確立した。HNPCC遺伝子を受け継いだ人は,80%以上の確率で結腸ガンなどのガンを若いころに発病する。女性の場合は,子宮や卵巣のガンになるリスクも大きい。

 HNPCC遺伝子の探索はその30年以上前から始まっていたともいえる。性生殖や化学物質によってDNAが損傷を受け,遺伝的な誤りが生じると何が起きるのか,微生物や酵母を使った研究が進んでいたのだ。こうした誤りは,DNAの塩基が誤った対になって生じる(例えばAがTと対にならずに,Gと対になる)。研究の結果,微生物や酵母の細胞が誤った塩基対を排除することがわかった(ミスマッチ修復)。微生物と酵母の遺伝子分析から,ミスマッチにつながる遺伝子がいくつか特定され,その遺伝子が作り出すタンパク質も明らかになった。

 モドリッチ(Paul Modrich)は微生物のミスマッチ修復機構の解明に研究生活を捧げた。ボストンにあるダナ・ファーバー・ガン研究所のコロドナー(Richard Kolodner)は1992年,酵母のミスマッチ修復に必要なMut S homolog2(MSH2)という遺伝子を分離した。コロドナーは人間にもミスマッチ修復にかかわる遺伝子があると推測した。細胞が生きていくにはミスマッチ修復過程が不可欠で,MSH2や修復遺伝子の誤りが病気を引き起こすのだろう。この考えのもとに,彼は同僚とともにはPCR法を使って研究し,1993年末に人間のMSH2遺伝子を検出した。

 一方,ジョンズ・ホプキンス大学のボーゲルスタイン(Bert Vogelstein)とフィンランドの共同研究者たちは,HNPCC患者の家族を調べた。ポジショナルクローニングを用いてこの病気に関係する遺伝子を絞り込み,その遺伝子配列を発表した。コロドナーらが人間のMSH2遺伝子の配列を発表した2週間後のことだ。2つはまったく同じものだった。その後まもなく,別のミスマッチ修復遺伝子がやはりHNPCCを引き起こすことがわかった。ボーゲルスタインやコロドナーらは,これら2つの遺伝子を調べる遺伝子診断法を開発してきた。HNPCCになりやすい家系の人を対象に,いずれかの遺伝子の有無を調べる。米国では200に1人,125万人がどちらかの変異遺伝子を持っている。変異遺伝子を持っているとわかれば,ガンになるのを防ぐため,繊維質が多く低脂肪の食事をとるといった対策が可能になる。また,30歳程度から毎年,結腸ガン検査を受診するのが望ましい。前ガン状態で早期発見すれば,悪性のガンに成長する前に摘出できる。冒頭に挙げたベスのように変異遺伝子を持っていないと判明すれば,遺伝子診断は救いとなり,病気の恐れから逃れられ,頻繁に検査を受ける必要もなくなる。
   
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原文はNASのBeyond Discoveryでご覧になれます。
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