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犯人は化学物質 |
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 | 1972年,大気科学者のローランド(F. Sherwood Rowland)はラブロックの研究成果に関する講演を聞いた。ローランドにとって,これが大きな転機となる。当時の多くの科学者と同様,ローランドもCFCが環境破壊物質だとは想像すらしていなかった。しかし,ローランドは性質のわからない化学物質が大気中に大量に放出されるとどうなるかに興味をかき立てられた。放出された化学物質は最終的にどんな運命をたどるのか? 米カリフォルニア大学アーバイン校のモリーナ(Mario Molina)もローランドに合流し,この問題の究明に乗り出した。 |
2人は放出されたCFCがそのままの形で大気圏下層に数十年もとどまることを突き止めた。CFCは可視域の太陽光を浴びても不変で,水にほとんど溶けず,酸化もしにくいため,大気圏下層では驚くべき耐久性を発揮する。しかし,高度29km以上の上空(大気を構成している分子の99%はこれより下層にある)に達すると,CFCはもろさを示す。この高度では,太陽が放つ苛酷な高エネルギー紫外線を直接浴びてCFC分子がばらばらに壊れ,塩素原子とフッ素化合物の断片に分離する。 ローランドとモリーナがCFC研究をそこでやめていたら,こうした知見は大気科学者たちだけのものにとどまり,それ以上は進展しなかっただろう。しかし,2人がこの研究を完成させるには,CFCの運命がどうなるかだけでなく,紫外線放射を受けて生じた塩素やフッ素分子など反応性の高い物質がその後どうなるかを調べる必要があった。 研究を続けたローランドとモリーナを後押ししたのは,以前からあった「反応速度論」という理論から生まれた基礎的な成果だった。反応速度論とは,分子どうしが瞬時に化学反応を起こす仕組みや反応条件を導く理論だ。単純な実験によって,特定の化学反応がどのくらいのスピードで起きるかがわかる。塩素原子とメタンが高度29km,零下約50℃という条件でどのように相互作用するかも,割と単純な実験で調べられるのだ。 ローランドとモリーナは改めて実験をするまでもなかった。他の科学者の実験結果から反応率を調べるだけですんだ。反応速度論という基礎研究の蓄積があったおかげで,本来なら数十年もかかるはずの研究の手間が大幅に省け,わずか2~3日ですんだのだ。 |
ローランドらは関連する化学反応を精査し,塩素原子の大半がオゾンと結合して分解することを突き止めた。オゾンは酸素分子の一種で,地球を紫外線から守っている。塩素とオゾンが反応すると塩素酸化物のフリーラジカルになり,これが出発点になって連鎖反応が始まる。その結果,たった1個の塩素原子が10万個ものオゾン分子を破壊することがわかった。 |
ローランドとモリーナは知らなかったが,その数カ月前にストラスキ(Richard Stolarski)とチチェローネ(Ralph Cicerone)も塩素原子が起こす連鎖的な化学反応を発見していた。1974年,ローランドとモリーナは衝撃的な仮説を発表した。もし産業界が毎年100万トンものCFCを放出し続ければ,大気中のオゾンはやがて7~13%も減ってしまう,という内容だった。 これに追い打ちを掛けるように,CFCとは別の化学物質が深刻なオゾン層破壊をもたらすという研究結果が報告された。1970年,クルツェン(Paul Crutzen)は窒素酸化物がオゾンと触媒反応を起こし,自然界のオゾンのバランスを変える重大な要因になることを発見した。土壌にすむ微生物が有機物を分解すると窒素酸化物ができる。クルツェンは,微生物が多い土壌で化学肥料を使うと窒素酸化物が生じ,オゾン濃度を下げることを突き止めた。このほかジョンストン(Harold Johnston)も,高々度を飛ぶ航空機が排出する窒素酸化物の影響に焦点を当て,窒素酸化物の放出によって成層圏オゾンが減少する可能性を指摘した。 超音速旅客機など航空機の排ガスが環境破壊を引き起こすかどうかを調べた研究はそれ以前からあり,オゾン層減少の証拠はすでに集まり始めていた。航空機による悪影響ははっきりしており,CFCや窒素酸化物の脅威が現実のものと受け止められるようになった。 大気中のオゾンが減少すると,地上に達する紫外線が増える。生物が浴びる紫外線量が増え,皮膚ガンや白内障,免疫系の異常,植物の成長阻害が生じると推定された。CFCの一部は大気中に100年以上も残留するため,悪影響は21世紀末まで続くだろう。 ローランドとモリーナはこうした長期に及ぶ悪影響を避けようと,CFCの排出規制を提唱した。米国とカナダ,ノルウェー,スウェーデンは1970年代末,危機を明白で深刻なものと受けとめ,エアロゾル噴射剤としてのCFCの使用を禁止した。 |
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