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BEYOND DISCOVERY
日経サイエンス
爆発物から治療ガスへ
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1. イントロダクション
2. 心臓と血圧
3. 爆発性の治療薬
4. 細胞のメッセージに耳を傾ける
5. EDRFの発見
6. EDRFと一酸化窒素がつながる
7. 一酸化窒素の広がり
8. 将来の治療
9. クレジット
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BEYOND DISCOVERY
THE PATH FROM RESEARCH TO HUMAN BENEFIT
爆発物から治療ガスへ
――生物学と医学における一酸化窒素
■ イントロダクション
 アルフレッド・ノーベル(Alfred Nobel)は死の2カ月ほど前の1896年12月に同僚あてにこう書き残している。「医者からニトログリセリンを経口薬として処方されるとは,何という運命のいたずらだろう!彼らはニトログリセリンをトリニトリンと呼んでいる。化学者や一般の人を怖がらせないようにだ」。ノーベルは狭心症による胸部の激しい痛みの発作にたびたび襲われていた。また,当時の医師はダイナマイトの有効成分であるニトログリセリンに発作を抑える薬効があることを知っていた。「運命のいたずら」とはもちろん,スウェーデンの発明家であり産業人であるノーベルがダイナマイトを開発・製造して財をなしたことを指している。彼は研究室での実験から,この化学物質にさらされるとひどい頭痛を引き起こすことも知っていた。彼は狭心症薬としてニトログリセリンを飲むのを拒否した。
 
image 19世紀の科学者たちはニトログリセリンがなぜ優れた爆薬となるかは理解していたが,どうして狭心症の治療に有効なのかはわからなかった。ニトログリセリンはどういうわけか血管の周囲にある平滑筋を弛緩させる作用があり,この結果,血管が広がって瀕死状態の心筋に多くの血液が流れ込むようになる。このニトログリセリンの謎は1970年代にようやく解けた。ニトログリセリンが体内で反応して情報伝達分子の一酸化窒素(NO)になることがわかったためだ。
 
 一酸化窒素は体外では不安定だ。落雷や自動車の排ガスで作られ,有害でもある。しかし,体内では情報伝達分子として重要な調節役を担っている。あらゆる細胞や体内組織は情報をやり取りしており,例えば筋肉の細胞にはいつ収縮するかを指令し,脂肪細胞には蓄えた脂肪分をいつ放出するかを伝えている。いくつかの情報伝達システムは血管のネットワークを調節しており,血圧を適切に保つとともに,酸素を最も必要とする組織や器官に血液を送り込むようにしている。さまざまな情報伝達分子が血管を広げたり収縮させたりして,必要に応じて血流を変える。例えば食事の後には消化器系に,危険を感じたときには回避動作をするために筋肉に血液を送り込む。
 
 一酸化窒素は筋肉弛緩系で中核的な役割を果たしており,なぜニトログリセリンが狭心症の患者を救うのかもこれによって説明できる。しかし,一酸化窒素が重要なのは狭心症の場合にとどまらない。肺の血管が酸素をうまく吸収できない未熟児に一酸化窒素を吸入させれば,未熟児を助けることができる。一酸化窒素関連の治療薬を局所的に投与すると,細胞が成長して治りかけの血管をふさいでしまうのを防げるだろう。病原体が感染した患部に一酸化窒素を放出する薬剤を投与すれば,免疫細胞が病原体や腫瘍細胞を殺すのを助けられるだろう。
 
 科学の世界ではよくあることだが,一酸化窒素を幅広い病気の治療に使えるようになるまでには,いくつもの偶然の発見や紆余曲折があった。ノーベルの死から一世紀たって,彼が創設したノーベル賞が,体内の情報伝達システムの解明に糸口をもたらした3人の研究者に与えられた。爆発性の化学物質ニトログリセリンが狭心症という循環器疾患の痛みをどのようにして和らげるのかという謎の解明につながった研究でもあった。
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原文はNASのBeyond Discoveryでご覧になれます。
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