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BEYOND DISCOVERY
日経サイエンス
■地殻変動を探る
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1. 地殻変動を探る
2. 地震学から大陸移動説へ
3. 地磁気が手がかりに
4. 海からの洞察
5. 地磁気の反転
6. プレート運動の発見
. 社会に貢献する地球科学
8. 新しい世界への窓
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BEYOND DISCOVERY
THE PATH FROM RESEARCH TO HUMAN BENEFIT
■海からの洞察
 地質年代を通じて大陸が移動しているという事実は地磁気から裏づけられたが,移動のメカニズムは謎だった。しかし,大陸移動説を支持する証拠は海洋での研究を通じて蓄積していった。
 
 第二次世界大戦中,潜水艦を探知することを目的に音響探査技術の改良が急速に進んだ。ソナー(sonar; SOund NAvigation and Ranging)と呼ばれる技術だ。米プリンストン大学の地質学者ヘス(Harry Hess)は軍で音響探査研究に従事する傍ら,地球科学の研究にも取り組んでいた。大戦中に輸送船攻撃部隊の指揮官でもあったヘスは,当時最高性能の音響反射装置を利用できる立場にあった。そこで,太平洋での任務では常に機器を使い,当時ほとんどわかっていなかった海底地形の調査を試みた。船に積んだソナーから音波のパルス信号を放ち,海底で反射してきた信号をとらえると,船から海底までの距離がわかる。ヘスはさまざまな航路で調査を行い,海底地形について大雑把な等高線地図を作成した。従軍中の調査により,頂部が平坦な海山をおよそ100カ所で見つけ,地図上に記した。終戦後にプリンストン大学に戻ったヘスは,これらの海山はもともとは頂上がとがった火山だったが,海水の浸食によって頂部が平坦になったという説を唱えた。これを出発点にヘスは海山の誕生と変化に興味をもち,1950年代を通じて研究に打ち込んだ。

 当時,海洋地質学の総本山とされていたのがユーイング(Maurice Ewing)が研究チームを率いるコロンビア大学だった。1950年代初め,コロンビア大学ラモント地質研究所(現在のラモント・ドハティー地球研究所)は調査船を駆使して大西洋のさまざまな地点で海底地形データを集め,1952年にはそれらを集大成して海底地図づくりに乗り出した。

 大西洋海底についてよく知られる特徴のひとつは1870年代半ばに見つかった海山の連なりで,大西洋中央海嶺と呼ばれていた。平坦な海底が広がる大西洋の中で,海嶺部だけは海底から3000mもせり上がっている。ところが,ラモント研究所の研究者たちは驚くべき新発見をもたらした。大西洋中央海嶺は標高が高いだけでなく,長大な連なりをもつことがわかったのだ。長さは約1万5000kmに及び,グリーンランドの北部からアフリカ南端まで,大西洋のほぼ全域にわたっている。北米のロッキー山脈と南米のアンデス山脈をつなげたほどの長さだ。海嶺の主稜部には堆積物がほとんどないこともわかった。大陸沿岸の海底に厚さ数kmに及ぶ堆積物の分厚い層が見られるのとは大違いだ。さらに思いがけない特徴も見つかった。海嶺の背骨の部分に深い谷があることだった。これは「地溝(リフト)」と名づけられたが,主稜から平均で1800m近く陥没し,幅は13~48kmにも達していた。雄大さを誇るコロラド川のグランドキャニオンでも幅は最大30km前後だから,海嶺の地溝にすっぽりと飲み込まれてしまう。谷底から採取した試料を分析したところ,底は褐色の火成岩からなり,年代がきわめて浅いことがわかった。

 中央海嶺を描いた北大西洋の海図はラモント研究所のヒーゼン(Bruce Heezen),サープ(Marie Tharp),ユーイングによって1959年に公表された。また,世界各地の海で実施された音響探査データも同様の結果を示し,驚くべきパターンが浮かび上がった。音響探査によって見つかった中央海嶺は長さ5万9500kmに達し,地球を1周半まわるほどの規模だ。大陸と海洋に次いで,海嶺が地球を特徴づける「第三の地形」であることは明白だった。それと同時に世界中の海溝の地図づくりも進んだ。海溝は太平洋をぐるりと取り囲んでいるほか,インド洋の北東の縁にもあった。

 これは地球科学に革新をもたらす新発見だった。ヘスは海底に関する最新のデータを集め,それが持つ意味を懸命に探った。1960年,彼はヒーゼンが唱えていた「地球はいくつもの断片に分かれており,断片を隔てる縫い目がある」という説を知った。この縫い目に相当するのが中央海嶺だ。海嶺の地溝の底で採取した岩石が年代の浅いものだったことから,ヒーゼンは海嶺では地殻の下から火山性の岩(マグマ)がわき上がっているのだと主張した。このメカニズムを出発点に,ヘスは1962年,「海盆の歴史」と題する有名な論文を発表し,地球科学の新しい理論体系を築いた。未検証の仮説も含んでいたため,ヘスはこの論文を自嘲気味に「地質学の詩」と呼んだが,この論文は多くの地球科学者たちを強く触発することになった。

 ヘスは地震学の知見も取り込み,地球の内部が多層構造になっていると提唱した。当時,地球の内部構造に関する知識はかなり正確なものになっていた。地球内部は単一の鉄の核でできているのではなく,固体の鉄でできた内核と,流体でできた外核とで構成され,外核は鉄を主成分とする合金からなる。その外側にマントルがあり,さらに地殻が覆っている。地殻は海洋部では薄く,大陸部では厚い。ヘスはこうした地球の構造の進化を解明しようと力を注いだ。地殻は鉄が少ない岩石からなるが,これは地球が生まれた直後,放射性崩壊によって内部の岩石が温められ,溶けて表面に浮上したものだ。こうしてできた地殻が一枚岩の大陸地塊を形成した。その後も地球内部からの放熱が続き,マントル層の中に対流が生じて物質が上昇・下降の循環を繰り返す“ループ”ができた。この説は1929年にホームズが提唱した考え方と同じだ。

 ヘスの理論によると,地球の形ができあがるとマントル対流は細かく分裂し,コアからわき上がる無数の小さなループが生じた。この対流が表面に達すると,溶けた物質がしみ出し,中央海嶺と新しい海洋地殻を形成した。マグマはしみ出し続け,古い海底は中央海嶺を境に左右へ押し出されていく。対流の下降部では古くて冷えた海底が沈み,マントル層に再び引きずり込まれる。そこが海溝だ。

 ヘスの理論のポイントは海洋と大陸の配置よりも,海底の拡大と移動を重視した点にある。海底の拡大は説得力のある学説だったが,検証は不可能に思えた。ヘスによれば海底拡大のスピードは指の爪が伸びるほどのゆっくりしたペースなので,直接の証拠を得るのは難しい。だが,地磁気の研究がこれを間接的に裏づけることになった。
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原文はNASのBeyond Discoveryでご覧になれます。
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