日経サイエンス  2011年11月号

歴代受賞者の言葉で読む生命科学

ミツバチの言語

A. クローグ(1920年ノーベル生理学・医学賞受賞)

この記事では,ミツバチが仲間たちに情報を伝える方法に関してフォン・フリッシュ(Karl von Frisch)が行った驚くべき実験について述べよう。

 

彼は初期の実験で,ミツバチが何らかのコミュニケーション手段を持っているに違いないことを示した。1匹のハチがおいしい食物源(彼は濃い砂糖水を使った)を見つけると,間もなく同じ巣から多数の他のハチたちがその食物のところへやって来るからだ。ミツバチが互いにどのようにコミュニケーションしているのかを調べるため,フォン・フリッシュは一片のハニカムをガラスの箱に入れて外から見えるようにした特別な巣を作った。ガラス越しの観察によって,彼はおいしい食物源から戻ってきたハチが巣の垂直な側面の上で特別な動きをすることを発見した。彼が「ダンス」と呼んだ行動だ。フォン・フリッシュは早い段階でダンスに2種類あることに気づいた。歩行軌跡が円を描く「円ダンス(円舞)」と,「尻振りダンス」だ。後者の場合,ハチはある距離を直進した後,腹部を非常に速く横に振り,そして向きを変える。

 

フォン・フリッシュは当初,ダンスのタイプは食物の種類を表しているのだろうと考えたが,最終的には,そうではなくて食べ物のある場所までの距離に何らかの関係があると考えるに至った。この仮説は以下のような重要な実験に結びついた。彼は同じ巣のミツバチを2群に分け,それぞれを別の場所に置いた食物に行くよう訓練した。片方のグループは青い染料で着色し,巣からわずか数m離れたところにある餌に行くよう教え,赤で印をつけた他方には,300m離れた餌を訪ねさせた。実験者フォン・フリッシュが喜んだことに,青いハチはみな円舞を踊り,赤いハチは尻振りダンスをした。その後,フォン・フリッシュは巣に近いほうの餌場の位置をしだいに巣から遠ざけた。巣からの距離が50〜100mになると,青いハチは円舞から尻振りダンスに踊りを切り替えた。逆に,遠いほうの餌場を巣にしだいに近づけると,距離が50〜100mのところで赤いハチのダンスが尻振りから円舞に切り替わった。

 

このように,ダンスが少なくとも,餌場までの距離がある値を超えているかどうかをミツバチに語っていることは明らかだ。だが,向きを変える頻度が距離をかなりよく示しているらしいことがわかった。餌場までの距離が100mの場合,ミツバチは15秒間に約10回の急な転回をした。これに対し3000mの距離を示す場合は,同じ15秒間に3回ゆっくり転回するだけだった。

 

私としては,このような柔軟性に富む卓越した行動がミツバチの小さな頭のなかで進んでいる何らかの知的過程なしに達成されうるとは考えにくい。そうしたプロセスは人間の脳で起こっている過程とは非常に異なるものかもしれず,おそらくそうだろう。私はそれを私たちが通常の意味で「思考」と呼んでいるものであると主張するつもりはないが,物質と運動に還元できない何かが,私たち人間はもちろん,ミツバチの脳のなかで起こっているのだと思う。(編集部 訳)

 

原文は以下のSCIENTIFIC AMERICANのサイトで読めます。
http://www.scientificamerican.com/article.cfm?id=lindau-nobel-laureate-speak-in-scientific-american

著者

August Krogh

1920年ノーベル生理学・医学賞受賞。

原題名

The Language of Bees(SCIENTIFIC AMERICAN August 1948)

サイト内の関連記事を読む

キーワードをGoogleで検索する

フォン・フリッシュ円ダンス尻振りダンス