SCOPE & ADVANCE

深海魚の最深記録〜日経サイエンス2023年12月号より

水深8336mでクサウオを発見

日本近くの海溝を探査していた科学者チームが驚いたことに水深8336mで魚を見つけた。オタマジャクシのような姿のこの透明なクサウオ科の魚は,生存可能な最大深度で生きている例だと考えられる。

「これ以上深くでは生きられない」と,調査隊を率いてこの魚を発見した西オーストラリア大学の海洋科学者ジェイミーソン(Alan Jamieson)はいう。これまでの最深記録は世界最深のマリアナ海溝で2017年に見つかったクサウオで,水深8178mでその姿が撮影された。

魚が極端な深度の高水圧に耐えられるのは細胞内の「オスモライト」という化合物のおかげだ。深い場所ではオスモライトの細胞内濃度が増し,骨をも砕くような圧力に耐えられるよう守っている。だがこの化合物は水深約8400mで最大濃度に達するため,この水深が魚の生理機能の理論上の限界となる。「それより深くで魚が見つかった場合も,大幅に深いということはないだろう」とジェイミーソンはいう。

ルイジアナ州立大学自然科学博物館の魚類専門学芸員である魚類学者チャクラバーティ(Prosanta Chakrabarty)は,この魚が海面の800倍の水圧でも生存できることに感動する。「この水深では呼吸のためのガス交換をはじめ,ほぼすべての生理機能が不可能になると思われる」という。「私など,水泳プールの底に潜っただけで耳が痛くなる」。

わずかな水温差で耐圧効果に違い
ジェイミーソンのチームは2022年8月に日本の本州近海にある伊豆・小笠原海溝の底でこのクサウオを発見した。この海溝の最深部の水温は約1.7℃になるが,隣のマリアナ海溝よりもわずかに温かいという。この違いが重要だ。これらのクサウオは生存限界ぎりぎりで生きていると考えられるが,オスモライトは低温では耐圧効果が鈍る。「この温度差は1℃の数分の1のわずかな違いなので人間には何の影響もない。だが海洋生物には大きな差となる」とジェイミーソンはいう。

深海探査船DSSVプレッシャー・ドロップ号に乗り込んだ調査チームは撮影のため,カメラとライト,電池,潜航用のおもりを搭載した自律型水中ランダーを海底に下ろした。ランダーが餌として運んでいた死んだ魚が深海の甲殻類を引き寄せ,その甲殻類を食べにクサウオがやってきた。その1匹が8336mの新記録を打ち立てた若いクサウオだ。正確な種は判定できなかったが,これとは別に2匹のチヒロクサウオ(Pseudoliparis belyaevi)が近くの水深8022mの餌つきわなで捕獲された。(続く)

続きは現在発売中の2023年12月号誌面でどうぞ。

サイト内の関連記事を読む