2023年10月5日
2023年ノーベル化学賞:量子ドットの発見と合成に貢献した3氏に
2023年のノーベル化学賞は,「量子ドットの発見と合成」の業績で米マサチューセッツ工科大学のムンジ・バウェンディ(Moungi Bawendi)教授,米コロンビア大学のルイス・ブルース(Louis Brus)教授,旧ソビエト出身のアレクセイ・エキモフ(Alexei Ekimov)氏の3氏に贈られる。
高性能ディスプレー,安価な太陽電池,体内の物質動態を追いかける蛍光マーカーなど,今,極めて幅広い技術に応用されつつあるのが量子ドットだ。量子ドットとは,直径が数ナノメートルから数十ナノメートル(ナノは10-9,つまり10億分の1)ほどの半導体の微粒子のことだ。
物質をナノサイズに縮めると,中の電子が狭い範囲に閉じ込められ,物質の特性が大きく変わることは,量子力学が確立して間もない1930年代から理論的に予測されていた。
1980年代前半,旧ソ連の研究者エキモフ氏は,塩化銅を同じだけ添加した色ガラスの色が,作成条件を変えると様々に変化することに気づいた。ガラス中に生じるナノサイズの塩化銅粒子結晶の大きさが作成条件によって変わり,粒径が小さいほどガラスの色の青みが強くなっていた。
当時は東西冷戦の最中で,エキモフ氏の情報が西側に伝わることはなかった。だが米のベル研究所にいたブルース氏は,エキモフ氏とは独立に,溶液中でナノサイズ硫化カドミウムの結晶を生成する実験を行った。粒径を小さくすると,やはり青みが強くなった。
サイズが小さいほど青みが強くなるのは,量子的な効果によって物質のエネルギー準位間の距離(ギャップ)が広くなるためだ。光の波長はギャップの大きさで決まり,ギャップが大きいほど光は青みを帯びる。東西でそれぞれ行われた2人の実験が「この分野の始まりとなった」と,広島大学の齋藤健一教授は話す。
量子ドットの内部空間が小さくなると,電子が閉じ込められている空間も狭くなる。これが光学的な性質に影響を与える。 |
1980年代後半にブルース氏の研究室に加わったバウェンディ氏は,溶液中で様々な粒径の量子ドットを安定して作成する手法を開発。量子ドットの表面を化学修飾することで溶液中に一様に分散させ,コロイド状態にした。均一な量子ドットを安価に作ることができ,そのまま色々な形状の面に塗ったり,フィルム状に加工したりすることも可能になった。バウェンディ氏はコロイド状量子ドットの研究を世界的に牽引し,様々な応用が一気に広がった。
生命科学への応用はその一例だ。生体内の小さな細胞や分子の挙動を顕微鏡下で見ようとすると,試薬などで色をつける必要がある。同じ物質でもサイズの制御で自在に色を変えられる量子ドットは,生体内の複数種の分子を別々の色で可視化できる。しかも,量子ドットは非常に輝度が強く,蛍光色素や蛍光タンパク質を使うより検出感度も高い。生体内のイメージング技術を長年研究してきた理化学研究所生命機能科学研究センターの神隆上級研究員は「様々な病気に関連した生体分子を多色蛍光イメージングできるのが利点だ」と話す。イメージング用の様々な量子ドットが開発され,2000年代に入って活用が進んだ。
その後,量子ドットの応用は実験室を飛び出して実社会にも広がった。代表的な例がディスプレーだ。量子ドットなら狙った波長の光をピンポイントで出すことができ,「純度の高い」色が出せる。現在,量子ドットは液晶ディスプレーの発光体として使われているが,ピクセルを表すLEDに量子ドットを利用すれば,さらに高精細なディスプレーとなり,手術の現場やVR(ヴァーチャルリアリティ)などの用途で活躍しそうだ。「量子ドットのマーケットは今後,急速に拡大していくだろう」と齋藤氏は話している。
(編集部・古田彩/出村政彬)
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