回る霊長類〜日経サイエンス2023年11月号より
ぐるぐる回ることで知覚の変化を楽しんでいるようだ
2011年,パールマン(Marcus Perlman)はYouTubeであるゴリラの動画を見た。カナダのアルバータ州にあるカルガリー動物園で,ゾラという名のゴリラが水たまりの中でくるくる回って遊んでいた。そして2017年,再びゾラの動画に気づいた。今度はテキサス州にあるダラス動物園が撮影したバズり動画で,ゾラは子供用の青いビニールプールの中で周囲に水をはね上げながら回っていた。
英バーミンガム大学の英語・言語学講師パールマンは身振りコミュニケーションを研究してきたので,これらの動画を見て類人猿のこうした行動について好奇心をかき立てられた。調べてみると,回転する類人猿の動画が約400本以上見つかった。「つま先旋回にバック転,側転,前転,斜面を転がり降りたりロープにつかまって回ったりと様々だった」という。
英ウォーリック大学の霊長類学者・進化心理学者ラメイラ(Adriano Lameira)も回転する類人猿のオンライン動画にはまった。ラメイラとパールマンはロープを使った回転に注目した論文をPrimates誌に共著した。2人が解析した動画では,オランウータンとゴリラ,チンパンジー,ボノボが手でロープや木のツルをつかみ,目が回るようなスピードで空中を回転していた。
一見すると,こうした回転は「常同行動」に思えるかもしれない。一部の動物が退屈したときに始める反復動作だ。だがラメイラには,楽しく遊んでいるように見えることから豊かで創造的な行動に思えた。類人猿は運動している間,我を忘れているようだった。ロープを放すとふらついて倒れたが,起き上がってまた何度も回転するのだった。
なぜ回るのか?
ラメイラとパールマンは論文で回転の様子を報告し,この行動を引き起こしているものが私たちヒトに最も近い類人猿にどんな意味を持つのかを考察している。
回転すると,類人猿には世界がぼやけて見える。ヒトも同様だ。この運動は,動きや方位,姿勢,体の速度の変化を感じる前庭系を混乱させる。目が回ってくらくらし,陶酔感を感じ,高揚し,くすくす笑い出すこともある。おそらくこのため,回転は子供の遊びの定番なのだろう。多くの自閉症の人たちにとって,回転は自己刺激として作用している。イスラム神秘主義の一部宗派では,修行僧が宗教的な踊りとして回転し,霊的なトランス状態になる。「回転は歓喜の状態を求める積極的行動である」とラメイラとパールマンは論文に記した。(続く)
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