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舌先現象の錯覚〜日経サイエンス2023年10月号より

喉元まで出かかっている記憶はただの幻らしい

あれだよあれ,なんて言ったっけ――ぴったりの言葉を知っているはずなのに思い出せないことがある。答えが喉元まで出かかっているこのイライラする感覚のことを英語圏ではtip-of-the-tongueと言い,このTOT現象(舌先現象)は何十年も前から,答えを部分的に思い出すことから生じるのだと考えられてきた。だが最近の研究は,この体験がほとんど錯覚である可能性を示唆している。確かに知っているという感覚は,実際に知っていることを意味しない。

不確かな答え
単語1つで答えられる一般常識問題80問を大学生に課した実験が最近のJournal of Experimental Psychology: General誌に報告された。答えられなかった人には,答えが喉元まで出かかっているように感じたかどうかを聞いたうえ,最初の一文字や音節の数,音にするとどんな響きの言葉かなど,わかる範囲の部分的な情報を述べるよう求めた。この結果,TOT状態にある人はこうした部分的情報を自発的に提供することが多く,ある実験ではTOT状態でなかった人の5倍となった。

だが,その情報は間違いであることが多かった。音や音節数に関する推測の正しさは,TOT状態だった人もそうでなかった人と違いがなかった。最初の一文字の推測については,TOT状態だった人のほうが正答率がごくわずかに高い程度だった(数件の実験を平均した結果で約11%と8%)。だがTOT状態だった被験者の場合,自分の推測が正しい自信があると58%の機会で答えたのに対し,それ以外の被験者では7%にとどまった。

知ってる感じが記憶検索の引き金に?
TOT状態が完全な錯覚ではないことが以前の研究で示されていたが(例えばTOT状態の後で複数選択肢から答えを選ばせると正答率が高くなる。TOT状態でなかった人の42%に対して55%),近年はTOT状態があまり当てにならないことを示唆する結果が増えており,今回の研究もその例だ。答えを部分的に思い出すことがTOT状態につながるのではなく,その逆が起こっている可能性を示唆している。つまり,喉元まで出かかっている感覚が先に生じ,人はそれをきっかけに記憶を検索し始め,部分的な情報(たいていは間違い)を引き出している。(続く)

続きは現在発売中の2023年10月号誌面でどうぞ。

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