SCOPE & ADVANCE

ふたりの父親〜日経サイエンス2023年10月号より

2匹のオスのマウスから子マウスを生み出した研究

大阪大学の幹細胞生物学者である林克彦(はやし・かつひこ)らはマウスの幹細胞の染色体を操作することで,生物学的にはオスの2匹のマウスから子マウスを生み出した。成体のオスマウスの幹細胞を卵子に変えることに成功したのは初めてだという。Nature誌に報告されたこの技法は体外配偶子形成(IVG)と呼ばれる技術の一種で,配偶子(精子や卵子)をiPS細胞(人工多能性幹細胞)から作り出す。iPS細胞は体細胞から誘導した未分化細胞で,血液細胞や神経細胞などほぼすべてのタイプの細胞に変えることができる。今回の成果は男性カップルがいずれ血のつながった子供を持てるようになるかもしれないとの興味をかき立てるが,そうした試みはまだはるか先になると研究者は強調している。

オスのiPS細胞の性染色体を操作
卵細胞を作り出す以前の技術はメスの動物の幹細胞を使っていた。これに対し林らはオスの幹細胞を用い,細胞中のY染色体を取り除くとともにX染色体を複製した。次にこの操作した幹細胞を,やはり幹細胞から人工的に作り出した卵巣に埋め込んだ。細胞は最終的に卵母細胞になり,オスから採取した精子で受精できるようになった。こうして得た胚630個を代理母マウスに移植した結果,7匹の子マウスが生まれ,正常に成長した。子マウスのオスとメスを1匹ずつ調べたところ,生殖能力があることが確認された。最近のロンドン遺伝子編集サミットで発表。

「これは明らかに非常に予備的な研究だと思う」と,英エディンバラ大学の生殖生物学者テルファー(Evelyn Telfer)は評する。説得力のある研究であり,生物の生殖の仕組み に関してそこから得られる知見を高く評価しているが,人工卵子のうち生きた子マウスに育ったのがごく一部だったことを懸念する。「実に多くの卵子を得たものの,受精して胚を形成できたのはほんのわずかだったのだから,これらの卵子が完全な能力を備えていたのではないのは明らかだ」。そして,生まれた子マウスの健康と発達の追跡調査も不可欠だと指摘する。「やらねばならないことがたくさんある」。(続く)

続きは現在発売中の2023年10月号誌面でどうぞ。

もっと知るには…
Front Runner 挑む 卵子の成り立ちを探求 生命の出発点に迫る:林克彦」日経サイエンス2023年10月号。

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