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葉緑体のダイナミックな変化〜日経サイエンス2023年9月号より

細胞内でガラス状態に転移して光の吸収を高めている

植物は個々の細胞レベルまで活動的な生命体だ。光が当たると,ものの数秒で葉緑体(光をエネルギーに変換する細胞小器官)が動き回り始め,暗くなると再び集まって平たい層状に固まる。

「葉緑体が構造を作り出すこの振る舞いは実に素敵で,見ていてうっとりする」と,蘭アムステルダム大学の物理学者シュラマ(Nico Schramma)はいう。シュラマらは最近の研究で,薄暗いときに細胞壁に沿って集合した葉緑体が一種の“ガラス”になっていることを発見した。この結果は,葉緑体が頑丈な固形状態と流体の状態を行き来して太陽光を最大限に吸収する仕組みを説明している。

物理学者にとってガラスとは固体が示す一種の状態で,様々な例がこの部類に入る。固いキャンディーはガラスだ。一部のプラスチックも,ある意味ではマヨネーズもガラスだ。氷などの結晶構造は粒子が規則的に並んでいるために固い。これに対し,液体の無秩序な粒子がきつく絡まり合ってほとんど動けなくなると,ガラスに転移する。

水草の葉緑体を観察して挙動をモデル化

シュラマのチームは葉緑体がこれと同様の転移を起こしうることを発見した。エロデア・デンサ(Elodea densa)という水生植物の葉緑体を様々な明るさのもとで観察してその動きをモデル化したところ,データにガラス系の特徴が表れていることに気づいた。これは,薄暗くなると個々の葉緑体の動きが鈍くなるのではなく,集合して互いを捕捉し合うことを示している。最近の米国科学アカデミー紀要に報告。



この発見は「ガラス転移の非常に説得力のある証拠だ」とシラキュース大学の生物物理学者マニング(Lisa Manning)は評する。このプロセスを認識することで,物理学者は葉緑体の複雑な動態をよく知られたガラス系として考察できるだろうと,この研究チームはいう。(続く)

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