干上がった湖の生物〜日経サイエンス2023年9月号より
スペインの微生物から火星の歴史を探る
スペイン中央部にあるティレスという小さな湖が過去20年の間に縮小し,2015年に完全に干上がった結果,乾燥した火星の平原を思わせる荒涼とした景色となった。この類似は役に立つかもしれない。研究者たちはこの干上がった湖で近年に死んだ微生物を調べて,火星で数十億年前に塩湖が干上がった際に,そこにいたとされる生命体に何が起こったかを知ろうとしている。
「重要なポイントは,火星の地表に液体の水があった時代に生命体が存在していた場合,後に火星全体が乾燥しても生命が永久に消えたとは限らないということだ」と,マドリードにあるスペイン宇宙生物センターの宇宙生物学者ファイレン(Alberto G. Fairén)はいう。
ファイレンらは2002年と2021年にティレス湖で採取した土が含んでいた微生物を調べ,原核生物という単細胞の生物が極端に乾燥した堆積物に適応して生きていたことを見いだし,Scientific Reports誌に報告した。これらの結果は,火星が乾燥した後も,以前に湿潤な環境で発達した微生物が生き残っている可能性を示唆している。研究チームは2021年の試料中に微量の脂質(細胞膜を作る脂肪酸)も発見した。地球以外の惑星にかつて生命が存在した痕跡を探す場合,これら長寿命の分子がよい標的になることを確認した形だ。
異星の環境変化史の“時間的類似物”
宇宙生物学者は他の惑星の環境を調べる代わりとして,それに似ていると思われる地球上の極端環境を調べることが多い。これに対しティレス湖のチームは,今回の研究は異星の環境変化について初の長期的な“時間的類似物”を提示しているという。ティレス湖は塩分濃度が高いため,これまでも木星の衛星エウロパ(生命存在の可能性があるとされる)の代わりとして注目されてきた。だがファイレンは2020年,この湖の過去数十年のデータを用いて,エウロパの海ではなく火星の初期の湖について知ることができると考えた。
この種の研究は遠方の天体の理解と同様に,地球上の身近な環境を知るのにも役立つ。時間的類似物は「火星だけでなく自分たちの地球についてもさらに調べるべきだという興味深い考え方を提起している」と,地球外知的生命体探査を主眼とするSETI研究所の主席科学者キャブロール(Nathalie Cabrol,今回の研究には加わっていない)はいう。気候変動によって地球の生物圏がどれだけ速く変化しているかを調べる「切迫した必要性」があると彼女は指摘する。(続く)
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