サイボーグ細胞〜日経サイエンス2023年9月号より
人工の骨格で強化した細菌は小さなロボットとして使える
細菌にハイドロゲルの人工足場を埋め込んだ半合成の「サイボーグ細胞」が作られた。Advanced Science誌に最近報告されたこの研究によると,いずれは医療や環境浄化,工業生産に利用できる小型ロボットとなる可能性がある。
足場を加えると細胞が頑丈になるほか,増殖能力がなくなるので,遺伝子改変した生きた細菌よりも管理しやすい。また,同程度の複雑さを備えた人工細胞をいちから構築するのに比べると簡単に作れる。
「足場の導入がうまくいくとは思っていなかった」と研究論文を共著したカリフォルニア大学デービス校の合成生物学者タン(Cheemeng Tan)はいう。「ゲル状の基質を細胞に入れると,ほとんどの場合,細胞が死んでしまうと思われる」。だが,彼のチームはやってみることにした。
生物ロボットを作るには,生きている微生物の遺伝子を改変して狙いの目的に合うように生物を変えることが多い。だが,微生物は数十億年の進化を通じて,自分を危うくするようなまねをしないことを学んでいる。これは,役に立つが有毒な化学物質を微生物に作らせたり他の危険な仕事をさせたりしようとする合成生物学者にとっては困った状況だ。
「彼らはバカじゃない。自分の増殖や成長に役立たないようなことはしない」とミネソタ大学の合成生物学者アダマラ(Kate Adamala,今回の研究には加わっていない)はいう。「それが微生物のビジネスモデルなのだ」。
完全な人工細胞は増殖せず,生存本能も持っていないので,生物の細胞よりも管理しやすい。だが,複雑な仕事ができるほど精緻なものにするのは難しいことが多い。「複雑さの点では,天然の細胞に全然かなわない」とタンはいう。
大腸菌にハイドロゲルを注入
研究チームはサイボーグ細胞を作るために,生きた大腸菌にハイドロゲルを注入した。タンはこのゲルを,水を含んだ分子の麺が密に絡まり合った塊にたとえる。この強化材によって細胞は頑丈さを増し,普通の大腸菌なら死んでしまうような有害なストレス要因にさらされても生き延びる。こうした細胞は人工と天然の中間に位置し,分裂はできないが,その他の機能や代謝は通常通りだ。研究チームはまた,サイボーグ細胞を“遺伝子回路”(細胞に簡単な計算をさせる一連の遺伝子)によってプログラムすることが可能で,腫瘍細胞を攻撃するのを助ける遺伝子を導入できることも示した。(続く)
続きは現在発売中の2023年9月号誌面でどうぞ。