ブラックホールの「三種の神器」〜日経サイエンス2023年8月号より
周囲に広がる降着円盤の撮影に成功し,解明のヒントになる三要素がそろった
国立天文台などが参加する国際研究チームは,巨大ブラックホールの周囲に広がる構造を撮影することに成功した。強力な重力で引き込まれたガスが高速で回転する「降着円盤」と中心部からガスが光速に近い速さで噴出する「ジェット」の根元を初めて同時に捉えられた。銀河の中心にある巨大ブラックホールを解明するヒントになると期待される。
「巨大ブラックホールを構成する『三種の神器』の画像がようやくそろった」。国立天文台の秦和弘助教は撮影の意義をこう強調する。ここでいう三種の神器とはジェット,降着円盤,そしてブラックホールのことだ。ブラックホールとジェットの橋渡し役になる降着円盤は,電波望遠鏡の感度や視野などに制約があったため,まだ撮影されていなかった。
今回の成果を発表した研究者も参加する「イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)」プロジェクトの国際研究チームは2019年,地球から約5500万光年先にある銀河「M87」の中心にある巨大ブラックホールの撮影に成功した。ブラックホールシャドウ(光が脱出できずに黒く見えている影)と,それを縁取る光のリングを写した画像は,銀河の中心に巨大ブラックホールが存在する直接的な証拠として注目を集めた。
ブラックホールから伸びるジェットは1918年以降,多くの画像が得られている。根元から約5000光年まで広がる大きな構造をもち,観測しやすい長波長でも捉えられるからだ。EHTは視野を絞って視力を極限まで高めたことで,直径わずか0.011光年の光のリングを捉えた。宿題として残った最後の神器が,その中間の大きさにあたる降着円盤というわけだ。
研究チームは2019年の撮影と同様,世界中の電波望遠鏡を連動させて地球サイズの口径を仮想的に実現した。観測に使う波長を1.3mmから3.5mmに変更し,参加する望遠鏡は8台から16台に増えた。EHTよりも感度が高くなり,視野も広がった。
撮影した画像にはリング状の構造と,そこから噴き出す3本のジェットの根元が写っていた。リングの直径は0.017光年で,EHTが撮影したリングの約1.5倍だった。リングの厚さも増した。この違いはどこから生じたのか。研究チームはシミュレーションの結果と比較し,ブラックホールの周囲に広がる降着円盤であると結論づけた。(続く)
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