高圧下で熱を伝えにくくなる物質〜日経サイエンス2023年8月号より
在来の物理法則を破る例外が見つかった
大学の物理の授業では,物質に圧力を加えるとその熱伝導率(熱の伝わりやすさ)が高まると教わる。物質を構成する原子どうしが近づき,相互作用が強くなるためだ。
この法則は1世紀以上にわたって実験的に確かめられてきた。ところが,このほど1つの例外が見つかった。近年に作られたヒ化ホウ素という半導体材料に非常に高い圧力をかけたところ,熱伝導率が低下したのだ。Nature誌に発表されたこの結果は定説に疑問を投げかけ,極端な状況下にある物質の挙動に関する現在の理論モデルを覆す可能性がある。
「初の例が実際に見つかった以上,こうした異常な振る舞いをする物質がほかにもあるに違いないと思う」と研究論文の上席著者となったカリフォルニア大学ロサンゼルス校の化学者・機械工学者フー(Yongjie Hu)はいう。他の物質が同様の特性を示した場合,「熱伝導率に関する確立されたこれまでの理解は正しくないのかもしれない」。
量子力学的な干渉
フーらは以前の研究で,ヒ化ホウ素の熱伝導率が並外れて高いことを突き止めていた。また,従来の熱伝導率の法則が特定の状況下にあるヒ化ホウ素には当てはまらない可能性があると予測していた。
この予測を検証するため,フーらは厚さ100µmに満たないヒ化ホウ素の薄片を2つのダイヤモンドで挟み,このサンドイッチに圧力をかけ,海底の水圧の数百倍を超える高圧をヒ化ホウ素に加えた。超高速の光学計器と分光器,X線を使い,超高圧力下にある試料中を熱が伝わるにつれてヒ化ホウ素の熱伝導率がどのように低下し始めるかを記録した。この結果,同タイプの“熱の波”が重なって互いに打ち消し合うことによって熱伝導率が低下することが観察された。量子力学で予測される現象だ。
この振る舞いが他の物質でも広く見られる場合,宇宙空間や地球を含む惑星内部の環境に関する従来の物理モデルを見直す必要が生じるだろうとフーはいう。後者は気候変動に関する予測の修正につながる可能性がある。地表の温度は地球内部で起こっていることの影響を受けるからだ。
この研究は「熱伝導率が制御可能であることを示した私の知る限り初の優れた実験的証拠だ」とカリフォルニア大学バークレー校の地球物理学者ジャンロー(Raymond Jeanloz)は評する。熱伝導率を制御して省エネや電子機器の冷却を実現する先進技術の「可能性を開く」という。■
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