SCOPE & ADVANCE

オンチップ膣が登場〜日経サイエンス2023年8月号より

人間の膣内細菌叢を個別に模擬できる 

世界初の“オンチップ膣”が開発された。生きた細胞と細菌を使って人間の膣の微生物環境を模擬したもので,細菌性膣炎の薬を試験するのに役立つだろう。細菌性膣炎は膣内の細菌のバランスが崩れる一般的な病気で,これによって何百万人もの女性が性感染症にかかりやすくなっているほか,妊婦の場合は早産のリスクが高まる。

膣の健康状態を実験室で調べるのは難しい。実験動物と人間では膣内の「マイクロバイオーム(微生物叢)がまったく異なる」のが一因だとハーバード大学ヴィース研究所の生物工学者イングバー(Don Ingber)はいう。イングバーらはこの問題に対処するため今回のユニークなチップを作り,Microbiome誌に報告した。長さ2cm強の長方形のプラスチック容器にドナーから採取した膣組織を入れ,エストロゲンを含む液を流して膣の粘膜を模擬した。



人体機能を模擬するこの種の「オンチップ臓器(臓器チップ)」は,病気の研究や薬の試験を容易にする。これまでに肺や腸などのモデルが作られている。今回の膣チップはいくつかの重要な点で本物の膣と同様に機能する。例えばエストロゲンの変化に対して特定の遺伝子の発現を調節して反応する。また人間の膣内マイクロバイオームと同様の環境を模擬し,“善玉菌”または “悪玉菌”が優位な状況を作り出せる。

例えば多くの場合,「膣は乳酸菌によって良好な酸性状態に保たれている」と,臓器チップを女性の健康に役立てる研究をしている英ブルネル大学のマッケイ(Ruth Mackay,今回の研究には関与していない)はいう。「だがガードネレラ属など他の細菌が取って代わると乳酸菌の働きが妨害され」,細菌性膣炎につながる。

イングバーらはチップの組織上で増殖する乳酸菌が乳酸を作り出して低pHの維持に寄与していることを実証した。逆に,ガードネレラ菌を導入するとチップのpHが上昇して細胞が傷つき,炎症が悪化する。細菌性膣炎の典型的な徴候だ。つまりこのチップは健康な(あるいは不健康な)マイクロバイオームが膣にどう影響するかを示すことができる。

次のステップは個別化だ。イングバーのチームはすでに,ボランティアの膣から採取した個別の細菌集団をチップにのせ,様々なマイクロバイオームを調べ始めているという。(続く

続きは現在発売中の2023年8月号誌面でどうぞ。

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