新型コロナを切るハサミ〜日経サイエンス2023年7月号より
人工酵素でウイルスのゲノムを切断して増殖を抑える。他の病原体にも応用可能
COVID(新型コロナウイルス感染症)を引き起こすウイルスのRNAゲノムを選択的に切断する人工酵素が開発された。新技法は在来技術にあった重要な問題を解決していると考えられ,新たに出現した病原ウイルスに対して抗ウイルス薬をすぐに作ることができるという。
英ケンブリッジ大学の化学生物学者テイラー(Alexander Taylor)らは新型コロナのパンデミックが到来した際,それまで開発に取り組んできた遺伝子切断技術をコロナ対策に急いで転用した。人工RNAから作り出したXNAザイムという合成酵素を用いる技術だ(XNAは「ゼノ核酸」の意)。彼はロックダウンのなか独力で作業し,新型コロナウイルスSARS-CoV-2のゲノムに含まれる配列を標的とする5種類のXNAザイムをものの数日で作り上げた。
酵素は化学反応を促進する天然の触媒で,この場合は他の分子を切断する。だが,DNAやRNAをもとにした従来の酵素は,ウイルスゲノムのような長くて高度に構造化された分子をうまく切断できなかった。これら従来タイプは細胞内の既存の酵素を動員して標的を破壊するもので,精度が低く,狙いとは違う「オフターゲット」の部位を切断するため副作用が増える。
XNAザイムは“独力で働くハサミ”
これに対しXNAザイムは標的と配列が1文字違うものもきちんと認識し,それらを切断しないことをテイラーらは昨年に示していた。また,XNAザイムは化学結合が強く,DNA酵素やRNA酵素がばらけてしまうような条件でも構造と機能を維持するので,性能が優れているという。
広く使われているCRISPR遺伝子編集ツールもRNAを標的にできるが,使用する細菌由来の酵素に人体の免疫系が反応してそれらを排除することがときどきある。XNAザイムは自然界には存在せず,免疫系の攻撃を引き起こす可能性が小さい。また細胞内の他の成分に頼らないので,副作用も少ないとみられる。
「現在のRNA医薬がどれも細胞の機構を利用しているのに対し,これは独力で働くハサミなのだ」と,この研究には加わっていない蘭アイントホーフェン工科大学の生物医工学者ファン・デル・ミール(Roy van der Meel)はいう。
今回のXNAザイムは感染細胞中のSARS-CoV-2の複製を最大で75%抑制した。直接の比較はまだしていないものの,「何年もかけて開発された他の方法と比べて遜色ない」とテイラーはいう。Nature Communications誌に報告。(続く)
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