原子の「スピードガン」〜日経サイエンス2023年6月号より
分子を構成する原子の運動を直接計測,化学反応の解明に活用を目指す
東北大学の研究チームは分子を構成する原子1つ1つの運動速度を測る技術を開発した。加速した電子を原子に当て,戻ってきたときのエネルギーの変化から速度や方向を見積もる。水素と重水素の原子が結合した分子について,重さの異なるそれぞれの原子が動く振動の様子を測定することに成功した。個々の原子の運動を正確に捉えられれば,化学反応の解明や材料の開発などに役立つ。
分子中の原子は固体でも静止しておらず,ナノレベルでは常に動いている。原子の運動は材料の機能や性質を知る手がかりになる。これまではレーザーなどを使って原子の集団としての運動を計測してきたが,分子中の個々の原子が動く速度などを直接計測するのは難しかった。
研究チームは野球などのボールの速度を測定する「スピードガン」と同様の仕組みで,原子の速度を測る手法を開発した。スピードガンはボールに電波を照射し,反射して戻ってきたときの周波数の変化から速度を算出する。今回の手法は電波の代わりに加速した電子を原子に当てて,戻ってくる電子のエネルギーの変化から速度を計測する。
加速した電子を原子に照射し,戻ってきたときのエネルギーの変化から原子の速度を見積もる。
水素原子と重水素原子が結合した分子で計測したところ,それぞれの原子が同じ速度で逆方向に運動していることを確認できた。理論的に求めた値に一致していた。
装置の精度を大幅に高めたことで,個々の原子を対象にした測定を実現できたという。様々な方向に飛び交う電子のエネルギーを測定する技術を開発し,分子全体の動きなどの影響を取り除く手法も構築した。
東北大学の高橋正彦教授は「ナノの世界で起きる化学反応の解明に役立てたい」と話す。今後は様々な分子の測定に応用し,固体材料の表面などで測定する技術の開発を目指す。■
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