SCOPE & ADVANCE

植物の配管工事〜日経サイエンス2023年6月号より

乾燥した陸上環境を生き残るために,複雑な水輸送システムが発達したようだ

高くそびえ立つセコイアからひょろ長いつる性植物まで,植物は大地から吸い上げた水を「木部」という管状の組織を通して高いところにある葉に送っている。だが地球に出現した初期の植物は丈が数cm程度で,湿潤な環境でしか生きられず,木部はストローを束ねたような単純な構造だった。現在の生物圏が存在するのは,この配管がどういうわけか非常に複雑な構造に高度化したからだ。

「維管束植物が比較的乾燥した場所で大きく成長できる方法を見いだすまで,その後の陸上の生物の進化を支えてきた生態系は存在しなかった」と,チェコ科学アカデミーの生物学者ボウダ(Martin Bouda)はいう。

現代の植物を輪切りにして見ると,多くは木部の断面が環状や十字形,菱形,ハート形など複雑な形をしており,そうした木部組織の束が「髄」というデッドスペースで隔てられている。かつては単純なストローの束だった植物の配管がなぜこのように再編したのかは数百年来の謎だ。ボウダらは植物が干ばつに耐えるために複雑な木部を発達させたとする説を最近のScience誌で提唱した。



化石化した植物の茎の断面。青で示した部分が水を運ぶ組織。

気泡の拡散を抑止
干ばつの際,葉から乾いた空気へ失われた水を干上がった大地から補充するのは容易でない。そうしようとすると木部に負担がかかり,気泡が入って管が詰まり,組織に水が届かなくなる。動物の血管に気泡が入ると空気塞栓症となって死に至るのと同様だ。ボウダのチームは現在の植物と化石植物についてシミュレーションを行い,現在の植物の木部に見られる隙間や行き止まりが,そうした気泡が広がるのを防いでいることを示した。

だが,この研究に加わっていないコーネル大学の進化生物学者スイッサ(Jacob Suissa)は,木部の細胞と組織配置を少し変えるだけでも植物は干ばつから身を守れるという。複雑な断面は,植物が大型化するなかで偶然に生じただけかもしれない。「進化的な時間スケールで見ると,大きさと複雑さの増大は相関している」という。そして「すべての形質が適応的なものでなければならないという考え方を疑ってみることが重要だ」と指摘する。異なる気候環境下にある植物の木部を注意深く比較すれば,この研究に残る曖昧さの一部を解決できるだろうとスイッサは提案する。

それでも今回の研究は,進化上の小さな調整が非常に大きな結果を生む可能性を浮き彫りにしている。もし干ばつ耐性植物の配管がなかったら,「地球とそこに生息する生物がどんな姿になったか想像するのは難しい」とボウダはいう。■

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