人工細胞に“動き”を付与〜日経サイエンス2023年6月号より
遺伝子を少し加えてやるだけで,変形して動く能力を獲得
大阪公立大学教授の宮田真人(みやた・まこと)は子供のころ,ラジオやアンプの工作が大好きだった。物をいじくり回すことに関する彼の興味はその後も増すばかりだが,細胞生物学者となったいま,その対象ははるかに微細になった。宮田の研究チームはScience Advances誌に発表した最近の論文で,最小の人工生命体の遺伝子をいじくって,その細胞が自分で動くようにした。原初の細胞もほんの少しの遺伝子が加わることで動きを獲得した可能性を示唆している。
自然界の最初期の細胞がどのように運動を発達させたのかは,長年の研究課題だ。そうした研究はスピロプラズマ属(Spiroplasma)の細菌を使うことが多い。螺旋形をした単細胞の寄生微生物で,他の多くの細菌が鞭毛など専用の付属器を使って動くのとは異なり,単に細胞を曲げたり伸ばしたり変形して動く。スピロプラズマでは,この種の動きを助けているとみられる7つの遺伝子がすでに同定されていた。だが,それらの遺伝子の正確な役割を実験で確認するのは難しい。
宮田のチームはJCVI-syn3.0(syn3.0と略す)という人工細胞に目をつけた。これはJ・クレイグ・ベンター研究所の研究者たちが2016年に作り出した細胞で,473個という記録破りの少ない遺伝子で生存・増殖する(比較のためにいうと,人間の遺伝子の数は2万を超える)。だが,動くことはできない。
人工細胞にスピロプラズマの遺伝子を導入
宮田らはスピロプラズマの運動に関与している7つの遺伝子をsyn3.0細胞に挿入した。顕微鏡をのぞき,それまで静止していた人工細胞が「踊っている」のが見えた瞬間のことをはっきり覚えていると宮田はいう。細胞の半数近くが変形しており,なかにはスピロプラズマのように螺旋形によじれて泳いでいるものもあった。
宮田は動く人工細胞ができると想像はしていたが,実際にそれが起こったのを見て「とても驚いた」という。驚いたのは彼だけではなかったと,米国立標準技術研究所の細胞工学者ストリチャルスキ(Elizabeth A. Strychalski)はいう。彼女はこの研究には加わっていないが,論文出版前のプレゼンに出席した。「この生物が泳ぎ,変形する様子を撮影した動画が示されたとき,皆が息をのんだ」という。研究チームはまた,7つの遺伝子のうち2つを導入するだけでスピロプラズマ様の運動を生み出せることを突き止めた。(続く)
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